大きな災害は、母親と子どもの心に長期に渡り大きな影響を与えることがわかりました(イメージ写真=iStock)

 近年は、病気はもちろんのこと、子どもの日常にひそむケガや性被害などのニュースを聞くことが増えました。そんな、子どもに関する医療や社会問題などを考え発信している、小児科医・新生児科医のふらいと先生(今西洋介医師)の新連載です。能登半島地震で、ふらいと先生の地元石川県金沢市も被災しました。初回は、災害が子どもと母親の心にどんな影響を与えるのか、研究結果から見えたことについて聞きました。

■災害は子どもにとって心理的に大きな出来事

 2024年1月1日、我が故郷石川県の能登地方で最大震度7の地震が発生しました。能登半島地震による死者は1月31日時点で238人、災害関連死は15人となりました。警察が取り扱った死亡例の直接的な死因は4割が圧死、2割強が窒息・呼吸不全でした。また、輪島の朝市はほぼ全焼し、能登が誇る歴史あるレガシーは大きく崩れ去りました。

 一方でダメージを受けたのは建物や名所だけではありません。能登半島地震は自然の力の厳しさを改めて示し、物理的な破壊だけでなく、子どもに心理的な影響も深く残しました。そもそも地震のような自然災害は、子どもたちにとって心理的に大きな出来事です。

 最近の研究では、このようなトラウマにさらされた子どもたちや母親の心の健康に長期にわたる影響があることが示されています。ハリケーン・カトリーナ(2005年)、スマトラ島沖地震(2004年)など世界各地で起きた大規模災害が、子どもに何らかの心理的影響を与えることは広く知られています。国内で発生した災害もその例外ではありません。

■子どもの知的発達や母親の心にも影響

 2011年に発生した東日本大震災後に生まれた子どもの発達と保護者のメンタルヘルスを追跡した前向きコホート調査「みちのくこどもコホート」 (#1)では、震災から5年後の調査で、母親の約3人に1人が精神疾患に該当し、約5人に1人が中等度以上のうつに該当するという結果でした。また、子どもの知的発達検査で、岩手、宮城、福島の対象3県においてどの項目も一定程度の遅れがあることが明らかになっています。

 東日本大震災発生時に3〜5歳だった被災地在住の保育園児とその保護者を対象にした別の調査では、震災前の子どものトラウマ体験があると発災後の行動上の問題が長引くことが示されました。社会的なつながりが母親の精神状態を支え、それによって子どもの行動上の問題が改善されることも示されています(#2,3)。

 中国で起きた四川大地震(2008年)に関する長期的な研究では、慢性的な心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状を持つ母親の子どもたちは、地震発生10年後にPTSDと不安の症状が高いレベルで報告されていることが明らかにされました(#4)。これらは、親、特に母親の心理状態が子どもたちの長期的な心の健康に重要な役割を果たすことを示唆しています。

 また、別の研究ではハイチ地震(2010年)における子どもたちの心の健康と発達に対する深刻な短期および長期の影響が報告されており、子どもたちの心の健康を守るための包括的な災害準備プログラムの必要性が強調されています(#5)。

 このように、大規模な災害は、親だけでなく子どもの精神的な健康に深刻な影響を与えることが言われているのです。

■傷ついた子どもの心を守るためにできることは

 では被災した子どもの心は傷ついたままで、そのトラウマの治療は諦めるしかないのでしょうか。いえ、そうではありません。心理的なアプローチを行うことは有効であると広く示されています。

 心理的アプローチは、PTSD症状を有する子どもと青少年に対して有効であり、WHOでは特に「認知行動療法」(CBT)、「眼球運動の減感作と再処理」(EMDR)が効果的であることが示され、推奨されています。

 認知行動療法(CBT)は、災害によりPTSDを発症した人々に対して最初に選択される治療法で、研究(系統的なレビューとメタアナリシス)によると、PTSDの症状を減少させることが示されています(#6)。特に、EMDRは、震災生存者の心理的苦痛の治療において効果的かつ効率的なアプローチであり、PTSD症状、不安、抑うつなどを統計学的に有意に減少させることができると示されています(#7)。

 EMDRの基本的な原理は、患者がトラウマに関連することを思い出しながら、特定の眼球運動を行うことで、その思い出の処理を促進し、否定的な影響を和らげることができるというものです。これらのアプローチは、PTSD症状だけでなく、関連する抑うつや不安の症状を減少させることにも寄与します。

 心理的アプローチ、特にCBTやEMDRなどの治療法は、災害によるトラウマを負った子どもたちを支援するうえで、非常に有効な手段であることが分かります。

■負の影響を克服して、心を強くするカギに

 今回の能登半島地震は、自然災害が子どもたちにもたらす課題を改めて思い起こさせました。物理的な再建はある程度予測がつきますが、まだ若い子どもたちの心理的なリハビリテーションは予測がつかず、想像以上に注意が必要です。

 エビデンスに基づいた精神的な健康へのアプローチは、地震などの災害による負の影響を克服し、子どもたちの心の中で強靭性を育む鍵となります。

 自然災害後の心理的影響に対応し、回復と強靭性をうながすためには、心療内科、小児科、教育などあらゆる分野間での協力が不可欠です。これらの心理的後遺症に対処しながら、社会的弱者である子どもたちの回復の道を開くためには、さまざまな分野にいる大人たちが長期的に連携し続ける「前線」が必要なのです。

(小児科医、新生児科医・ふらいと先生/今西洋介)

ふらいと先生