甘露寺蜜璃。画像は「刀鍛冶の里編」キービジュアル。(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

【※ネタバレ注意】以下の内容には、アニメ、既刊のコミックスのネタバレが一部含まれます。

『鬼滅の刃』の大ヒット以降、流行語にもなった「全集中の呼吸」という言葉。水の呼吸、炎の呼吸、風の呼吸……鬼を倒すために剣士たちはさまざまな「呼吸」を生み出し、後世へと技をつないでいった。しかし、恋柱・甘露寺蜜璃が使う「恋の呼吸」はその中でも明らかに異質である。岩・風・雷・水・炎…といった「自然界の力」を象徴する他のものとは違う。「恋の呼吸」は「炎」から派生したとされるが、なぜ異質な呼吸が生まれたのか謎も多い。その謎について、恋柱・甘露寺蜜璃の師匠である煉獄杏寿郎との関係から考察する。

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■煉獄杏寿郎の元継子・甘露寺蜜璃

 ジャンプコミックスの『鬼滅の刃 外伝』(吾峠呼世晴監修、平野稜二、集英社、2020年)が刊行された時、その中の「煉獄杏寿郎外伝」には、まだ鬼殺隊柱になる前の煉獄杏寿郎と甘露寺蜜璃の稽古シーンが描かれていた。蜜璃は当時煉獄のことを「師範」と呼んでおり、彼らが師弟関係であったことがわかる。

 このエピソードは『鬼滅の刃』本編では描かれていないものの、公式ファンブック『鬼殺隊見聞録』(集英社、2019年)にも、「蜜璃は初め煉獄さんに弟子入りして継子になったのですが、オリジナリティが溢れすぎて独立してしまいました」という記載があることからも、作者である吾峠呼世晴氏によって決められた設定であろうと推察される。

 だが、周知のように煉獄は炎柱であり「炎の呼吸」の使い手だ。一方で、蜜璃が操るのは「恋の呼吸」。師弟関係にありながら、なぜ蜜璃は煉獄とは別の「呼吸」を使うようになったのか、それを考えてみたい。

■鬼殺隊が使う「呼吸」とその派生

「ふつうの人間」のパワーを飛躍的に高めるために使用される「呼吸」。「呼吸」は、剣士の特性にあわせて種類が異なり、剣技の型や数にも複数のバリエーションがある。岩の呼吸、水の呼吸、風の呼吸、霞、獣、雷、音、蛇、花、蟲…そして、炎と恋。このようにほとんどの「呼吸」は、自然界の要素(動植物などの生物も含む)と関連があるものばかりだ。

 しかし、甘露寺蜜璃の「恋の呼吸」だけは、人間の感情や心の動きを示すものであり、ここに謎が残る。本編のコミックス7巻で、煉獄が「呼吸」について説明する場面があるが、蜜璃の「恋の呼吸」は、煉獄が扱う「炎の呼吸」から派生したものであると記されている。自然界の根源的な力である「炎」から、なぜ「恋の呼吸」が生まれたのだろうか。

■「恋の呼吸」の技名の“不思議”

 その手がかりを探るために、「恋の呼吸」と「炎の呼吸」の技名を比較してみる。

 技の基本形となる「壱ノ型」は、恋の呼吸「初恋のわななき」、炎の呼吸「不知火」となっている。それ以外の型も比較すると、「炎の呼吸」の技の名前は「昇り炎天」「気炎万象」「炎虎」など、いずれも炎(火)にちなんだ型ばかりだ。それに対して「恋の呼吸」は、弍ノ型「懊悩巡る恋」、参ノ型「恋猫しぐれ」、伍ノ型「揺らめく恋情・乱れ爪」、陸ノ型「猫足恋風」と、いずれも「恋の心」と関連したものだ。(※「猫」にちなんだ名称がみられる。煉獄は「虎」)

 そして、これらはすべて「恋愛の成就」と関連する穏やかな感情というよりも、相手に対する「激しい情熱」を示すという点が特徴だ。この「激しい情熱」というキーワードが、「炎の呼吸」と「恋の呼吸」を関連づける重要な結節点となる。

■蜜璃の苦悩

 もともと蜜璃には、家族・親しい人物が鬼の被害にあった様子はない。裕福な家庭に生まれ、家族仲も良く、一見すると彼女が鬼狩りの剣士になる必然性は無いように見える。明るく朗らかな人柄、愛らしい顔立ち、恵まれた身体……しかし、彼女は見合い相手の男から、「おかしな頭の色」「君と結婚できるのなんて熊か猪か牛くらいでしょう」(14巻)とひどい言葉をぶつけられたことがあった。常人の密度の8倍というすさまじい筋力、それを維持するための食欲。最悪の思い出となったお見合い以降、彼女は自分の特性を隠そうとするが、それにも思い悩む。

「いっぱい食べるのも 力が強いのも 髪の毛も 全部私なのに 私は私じゃない振りするの? 私が私のままできること 人の役に立てることあるんじゃないかな?」(甘露寺蜜璃/14巻・123話)

 そうして蜜璃が選んだのは、命をかけて他者を助ける、鬼殺隊の剣士としての道だった。彼女にとって「自分らしく生きること」とは、誰かのために戦うことなのだ。

■蜜璃の強い意志、煉獄の遺志

 蜜璃は「か弱き人たち」を守るために、恐ろしい鬼の前に立ち続ける。「お父さん お母さん 私を丈夫に産んでくれてありがとう」と感謝しながら、その一方で、自分の身を投げ出し「死の覚悟」をにじませる。煉獄杏寿郎の生きざまと、彼女の姿がときおり重なる。彼らが剣士として生きる理由には共通点がある。彼女の師である煉獄も、自分が強いからこそ弱い者を守るのだと、最期までその意志を貫き通した。

「ここにいる者は誰も死なせない!!」(煉獄杏寿郎/8巻・64話)

「任せといて みんな私が守るからね」(甘露寺蜜璃/14巻・123話)

 煉獄も蜜璃も、憎しみのために日輪刀を振るうことはない。彼らの戦いの動機は、常に「他者を守ること」にある。

■「ふつうの女の子」としての夢

 そして、彼女は自分の夢にも正直だった。鬼殺隊に入った理由を「添い遂げる殿方を見つけるためなの!!」と頬を赤らめる蜜璃は、“ふつう”の少女だ。命のやりとりの日々でも、周囲に優しく、よく笑う。彼女の「恋への憧れ」は、煉獄が口にした「心を燃やせ」というあの言葉同様の熱い思いだ。「自分らしく生きる」「他者を生かす」ことへの強い肯定の力を、蜜璃は自分の戦いの原動力へと変えていく。

「恋の呼吸」と「炎の呼吸」はこのように「情熱」を起点としているところで共通しているのだが、鬼への個人的な恨みを原動力としない彼らが、地獄のような戦場で立ち続けていられる理由に、彼らの「心」の要素を無視して語ることはできない。人間が鬼へと変ずる「鬼滅の世界」において、「人の心を守る」ことが何よりも大切になっていく。鬼化の状態の変化は「心と感情」に密接に関わっているからだ。

■「恋」を知らない蜜璃が「愛」を知る

 刀鍛冶の里の戦いで、炭治郎たちが蜜璃のことを「希望の光だ!!」と言う場面があった。この言葉で蜜璃はさらに強くなった。愛情深い彼女は、他人を守ることで、秘めた強さを発揮するようになる。

 剣士になる前、かつて彼女はこんな弱音をつぶやいた。

「私のままの私が居られる場所ってこの世にないの? 私のこと好きになってくれる人はいないの?」(甘露寺蜜璃/14巻・123話)

 しかし、これから後、恋に憧れていた蜜璃は、剣士として懸命に戦い、自分らしく生きる中で、「本当の恋」を知っていく。その恋が愛情に変わる時、彼女の強さは完成し、多くの人の命を救うことになる。

 今後の蜜璃の活躍を、「恋の呼吸」の多彩な技が映像で見られることを、鬼滅ファンは心待ちにしているはずだ。恋柱・甘露寺蜜璃は強い。蜜璃が戦うシーンを通して、煉獄杏寿郎が伝えた「熱い思い」を、私たちはまた目にすることができる。