酒井富士子さん

 新NISA(少額投資非課税制度)について、経済ジャーナリストで金融メディア専門の編集プロダクション「回遊舎」代表を務める酒井富士子さんは、資産運用にあたって新NISAにばかり頼るべきではないと考えている。酒井さんの考えや戦略を聞いた。

 酒井さんは、新NISAの「つみたて投資枠」を使って毎月4本の投資信託に計7万円を積み立ている。

 もともとは先進国株型、新興国株型、日本株型の三つにそれぞれ1万円ずつ積み立てをしていた。先進国株型と新興国株型は、株価指数に連動するタイプのインデックス型で、日本株型は主に国内の成長企業に投資するレオス・キャピタルワークスの「ひふみプラス」だ。

 今年に入り、新NISAが始まってからは、この三つの投信の積立額を月2万円ずつに増額。加えて、三菱UFJアセットマネジメントの「eMAXIS(イーマクシス)Slim全世界株式(オール・カントリー)」(通称オルカン)にも1万円の積み立てを追加し、今は計4本となっている。

 酒井さんの投信の積み立て歴は長い。もともとは1999年、当時携わっていたマネー誌で記者自身が投信を銀行で試しに買ってみるという企画がきっかけだった。その約10年後の09年に、リーマン・ショックに伴う株価の急落を受けて一度中断したものの、旧NISAの「つみたてNISA」を含めて20年以上にわたって続けてきた。

 現在、投資をする目的は、老後の資金を蓄えることと、旅行や趣味など「楽しみ」に使う費用を貯めるための大きく二つだ。

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「そもそもは子どもの教育費に充てることが大きかったですね。夫婦の間では、私は教育費、夫は住宅ローン、といった具合に大まかに分担を決めていました。でも今は、息子と娘は2人とも成人し、独立しています。そのため現在は貯めたお金は、例えば好きなラグビーの観戦旅行などに使う計画です。ラグビーは家族ぐるみで大好きで、ワールドカップを観るために海外まで出かけていくほど。昨年のフランス大会にも行きましたし、3年後のオーストラリア大会にも絶対行こうと楽しみにしています」

 まずは何に使うか目的や理由を決め、そのために積み立てをしながら、必要な出費があるごとに取り崩していくイメージだという。

 新NISAの投資枠1800万円全額、投信への積み立てで埋めていくつもりだ。今のところ、個別株式などほかの商品への投資で利用する予定はない。

「新NISAに関しては『投資枠は早いタイミングでできるだけ埋めるべきだ』という見方もありますが、私は必ずしもそうとは思いません。例えば現金や預金など手元資金は一定程度必要ですし、若い人なら保険だって加入すべきでしょう。無理をして投資ばかりに充てる必要はないと考えています。特に預金の積み立ては大事。やっぱり何かあった時に備えて、それなりのまとまった額はすぐに引き出せるようにしておきたいですから」

 酒井さんはNISAだけでなく、定期預金の積み立てのほか、厚生年金や国民年金といった公的年金に上乗せできる「個人型確定拠出年金(イデコ)」、個人事業主や中小企業向けの退職金積み立て制度「小規模企業共済」なども並行して続けてきた。

 個別株への投資も手がけていないわけではない。NISAとは別枠で保有する。NISAを利用しないのは、同じ年に得られた利益から損失を差し引ける「損益通算」や「繰越控除」ができないことが大きいという。現在は国内の主要企業を中心に10〜15銘柄を持っている。

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「主要企業の株式が多いのは、業績に安定感があるためです。中小型株へ投資をするまでの自信はまだないということもあります。家族でよく利用する外食チェーンのサイゼリヤ株も優待狙いで持っていますよ。積み立て投資で貯めたお金はどちらかと言えば生活資金に使う比重が高いのに対し、株式投資で得られたお金は『楽しみ』に使う比重が大きい」

 酒井さんがいま新NISAを利用する人たちに呼びかけたいのは、株価の値動きに一喜一憂しないということだという。

新NISAでは、オルカンをはじめ全世界株型や米国株型の投信が人気だ。しかし、米国や日本の株式市場は現在、史上最高値圏にある。これからはいつ相場が値下がりしてもおかしくない。

「特に新NISAをきっかけに投資を始めた初心者が慌ててしまわないかが心配です。実は私がリーマン・ショックを受けて一度積み立て投資を中断したのは、株価の急落を受けて、積み立てきた額に比べて残高が半分くらいに減ってしまったことに驚いたことが理由です。ちょうど子どもの歯の矯正費用が必要だったこともあって、一気に全額を解約してしまいました。今から考えると『アベノミクス』による株価の上昇で15年には残高も回復していた計算です」

こうした経験から言えるのは、相場が値下がりしても、焦ったり慌てすぎたりする必要はないということだ。

「そのためにも大事なのは、まずは投資の目的をはっきりとさせておくことです。いつ、どんなことにどれだけのお金が必要か。それが分かっていれば、もうけが出ている時に余裕をもって、しっかりと利益を確定することができます。また、相場の動きに振り回されすぎないようにするという意味でも、資産の運用は新NISA一本やりではなく、ほかの手段も利用しておいた方がいいと思います」

(AERA dot.編集部 池田正史)

酒井さんの著書