TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽や映画、演劇とともに社会を語る連載「RADIO PAPA」。今回は演劇「『GOOD』-善き人-」について。

『GOOD』-善き人- 作:C.P テイラー 翻訳:浦辺千鶴 演出:長塚圭史(撮影/中西月緒)
東京公演:世田谷パブリックシアター 2024年4月6日(土)−4月21日(日)
兵庫公演:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 2024年4月27日(土)−4月28日(日)

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 盟友の劇作家・長塚圭史からラインが来た。

「こんどはかなりハードなやつです」

 彼が演出を手がけるのは「『GOOD』-善き人-」(C・P テイラー:作、浦辺千鶴:翻訳)だという。主人公は先の大戦で雰囲気に流されるままナチスに協力、親衛隊に入り、ユダヤ人虐殺に加担した大学教授ハルダー。演者は佐藤隆太。愛嬌があり、一点の曇りもない優しい笑顔の俳優だ。長塚の演出でその佐藤が虐殺に手を貸す人物をどう演じるのか。興味を持ち、世田谷パブリックシアターに出かけた。

 ちょうどラジオドキュメンタリー「「福田村事件」〜暴走する ことばの群れ」の仕上げの時期だった。関東大震災で流言飛語が飛び交い、ごく普通の人々が朝鮮人虐殺の加害者になった。図らずも虐殺に加わった主婦が成仏できず、百年経った今でも現地をさすらい、自らの罪を呟く構成とした。これは森達也監督映画「福田村事件」に触発されたもの。千葉県東葛飾郡福田村では朝鮮人と疑われた行商人一行が村人に鉈や竹槍で殺された。秘匿された事実を森さんがメガホンを取り、異例のヒット作となった。

『GOOD』-善き人- 作:C.P テイラー 翻訳:浦辺千鶴 演出:長塚圭史(撮影/中西月緒)
東京公演:世田谷パブリックシアター 2024年4月6日(土)−4月21日(日)
兵庫公演:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 2024年4月27日(土)−4月28日(日)

 千葉県庁での記者会見を取材し、「本当に警戒すべきは、外なる悪ではなくて内なる善なのだ」という森さんの言葉も知った(『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』)。

 長塚の芝居を観たのはそんな中だった。パンレットで彼は「この作品(「『GOOD』-善き人-」)と出会うまでは、ナチス、またはホロコーストに関連する芝居を自分が手掛けることは、おそらくないのではないかと勝手に予想していました」と記し、「昨年10月のハマスによるイスラエル急襲と、それに報復するガザ地区への徹底的な反撃は、いまだに続いております。この一報を聞いた私は、本作の上演のことが頭をよぎりました。いいえ。よぎったどころか眩暈がしました」と告白している。

 舞台ではアウシュヴィッツで収容者のユダヤ人がシューベルトの「軍隊行進曲」を無表情で演奏するシーンもある。

『GOOD』-善き人- 作:C.P テイラー 翻訳:浦辺千鶴 演出:長塚圭史(撮影/中西月緒)
東京公演:世田谷パブリックシアター 2024年4月6日(土)−4月21日(日)
兵庫公演:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 2024年4月27日(土)−4月28日(日)

 善人が悪に手を染めるプロセスを長塚はじっくり演出していた。そして、体制に引きずり込まれ親衛隊の服を着た主演の佐藤隆太からは微笑みが徐々に消えてゆく。たった一人の親友だったユダヤ人精神科医(萩原聖人)から罵倒され、暗闇の中で自ら犯した大罪に頭を抱える。

 目も体も不自由な主人公の母は那須佐代子が演じたが、アウシュヴィッツ収容所へのユダヤ人大量輸送にかかわった親衛隊中佐アイヒマン役も彼女だった。

 両極端の配役に、僕は長塚の洞察に舌を巻いた。悪魔と言われるアイヒマンでさえ、もとは一人の人間だった。

(文・延江 浩)

※AERAオンライン限定記事