引退会見する宇野昌磨

「僕なりの全力のフィギュアスケート人生を送れたかな――」。フィギュアスケートの宇野昌磨(26)は、14日の引退会見でそう語った。五輪に2大会連続出場し、平昌で銀、北京で銅メダル。世界選手権では日本男子初となる連覇を果たし、昨シーズンの全日本選手権では6度目の優勝。日本スケート連盟が4月末に発表した、最もランクの高い「特別強化選手」に選出されたばかり。まさにトップ選手の引退発表だったが、会見中は終始、清々しい表情で、発言からは「やり切った感」も感じられた。

 長年、フィギュアスケートを取材し、長野五輪では運営委員も務めたNY在住のライター・田村明子さんは、引退会見を見てこう語った。

「(宇野昌磨が)ジュニアの頃から取材してきましたが、会見のときはこれまで見たことのない表情をしていました。戦いを終えて、すっきりと落ち着いたというか、大人っぽい顔に見えました。今年のモントリオールでの世界選手権を取材しましたが、そこにいた記者たちは皆、彼がすでに引退を決めていると感じていたと思います」

 スーツにネクタイ姿で会見に臨んだ宇野は、記者から引退を決めた時期について聞かれると、

「2年ほど前から引退を考えるようになった」

 と明かした。

■羽生、ネイサンの不在

「僕はもともと、すごくいい結果を残してやるぞという強い気持ちで競技をやってきたというよりも、毎日ベストを尽くす、目の前の試合を全力で一番いいものにするという気持ちでやってきたんです。けれども、ゆずくん(羽生結弦)の引退、ネイサンの引退もあり、ずっと共に戦ってきた仲間たちの引退というのを聞いて、なんかすごく寂しいという気持ちと、取り残されてしまったという気持ちがありましたし。そういったところから自分も引退を考えるようになったのかな、と思います」

 2人への思いは特別だったようだ。

「彼ら2人は僕にとって雲の上の存在で、いつか同じ立場で戦いたいと常々思うスケーターでした。果たして僕がそこにたどり着けたかどうかは自分ではわかりませんが、僕なりの全力のフィギュアスケート人生を送れたかなと思いますし、大会というより2人の人間性の素晴らしさの方が記憶に残っている」

昨年3月の世界選手権で優勝し、表彰式後にイリア・マリニン(右)らと記念撮影する宇野昌磨。左は2位の車俊煥

 一方、田村さんは、引退を決めた要因について、

「イリア・マリニン(米)の存在と、昨シーズンのグランプリシリーズ日本大会(NHK杯)も影響したのでは」

 と分析する。

 NHK杯で宇野のフリー演技に対するジャッジの判定は、当時話題になった。宇野がフリーで跳んだ4本すべての4回転ジャンプに「q」(4分の1回転不足)判定がついた。結果、得点源となるジャンプのGOE(出来栄え点)が伸びずに、総合得点が大幅に抑えられた。

 田村さんはこう話す。

「あくまで映像上での判断ですが、宇野選手の特にトウループに関してのq判定は、他のグランプリシリーズの大会の判定に比べても逸脱した厳しさと感じました。(フィギュアの)名物記者のジャッキー・ウォン氏にも聞いてみましたが、やはり『厳しすぎ』との答えでした。他にも何人かのスケート関係者に意見を聞きましたが、誰もがこの判定には疑問を抱いています」

 技術力の高い選手同士の戦いで、得点を大きく左右するジャンプのGOE。選手は、より高難度のジャンプの完成度を高めることで、1つのジャンプで高得点を稼ぐ。ハイレベルで僅差の戦いにもなれば、ジャンプのqマークが1つ付くだけでも順位は変動する。宇野は演技後のインタビューで感情を抑えつつ、

「試合に出る意味を揺るがされるような試合になった」

 と話した。

■マリニン、鍵山……台頭する若手ライバルたち

 宇野は昨シーズンから特に「ハイレベルな戦い」という表現で、ライバルの存在を意識してきた。とりわけ、若手で4回転アクセルを跳ぶマリニン(20)については、一目置いていた。昨年のグランプリファイナル後のテレビのインタビューではこう語っていた。

「今回、マリニン君が優勝しましたけど、今後彼がフィギュアスケート界を引っ張っていく存在になることは間違いないと思っているので、彼にとってちゃんとライバルでいられるように僕も最善を尽くしたいなと思っています」

「彼のジャンプを上回る選手は当分現れないと思わされるほど素晴らしい技術を持っていて、僕たちもジャンプは叶わなくても、それ以外の部分で何とか戦っていけるように試行錯誤しながら自分たちらしい個性を磨きながら戦っていこうと、たぶん皆さん思っていると思います」

「僕がネイサンやゆず君(羽生結弦)と共に戦ってきたときに感じていた気持ちと一緒で、やっぱり良きライバルであり、良き仲間である、そんな存在がいるというのはやっぱり僕にとっては一番のモチベーションになっている」

 そして、ライバルはマリニンだけではない。日本では鍵山優真(21)、フランスのアダム・シャオ・イムファ(23)。

 宇野は、昨シーズンの初戦(グランプリシリーズ中国大会)でイムファに敗れている。ショートでは、2位のアダム・シャオ・イムファに14点差をつけて首位発進したものの、フリーでは冒頭の得意の4回転フリップと4回転ループで失敗して2位。

■「昨日は跳べて今日は跳べなかっただけ」

 イムファは自身の人生をテーマにしたフリーの演技で4本の4回転ジャンプと、2本の3回転アクセルを成功。のびやかな演技で世界王者の宇野を前に強さを見せた。演技後はリンクを去る前に、次の演技者である宇野がリンクにいるなかで宙返りをし、観客を沸かせた。演技直前のリンクでライバルが宙返りをして、喝采の中で去っていけば、次に滑る宇野は少なからず動揺したに違いない。

 しかし、宇野は落ち着いていた。試合後のインタビューも驚くほど充実した表情を見せ、こう話した。

「僕はショート同様結構いい演技だったんじゃないかな、と思います。もちろん、最初のジャンプ2つでミスが出てしまいましたけど、昨日は跳べて今日は跳べなかった、というだけで、悪くないという感想ではありますし、プログラムを通して今までジャンプばかりだったところが、ちゃんとつなぎやスピンに気が回っているというのはすごくいいところじゃないかな、と思います」

「やろうとする意思というのがちゃんと試合で現れたというのが、スケートをやってきてなかなかなかった経験なので、すごく良かったなと思います」

 シーズン2戦目。前述した“疑問の採点”があったNHK杯は、2位に終わり、現役最後の試合となった今年3月の世界選手権では、マリニン、鍵山だけでなく、イムファにも敗れ、表彰台を逃した。

  引退会見で記者から「競技界から離れることに未練はないか」と聞かれると、宇野はきっぱりとこう答えた。

「正直、未練は全くないです」

 こうも言った。

「昔の映像とかを振り返ってみても、よく頑張ったな、と」

■「両親もできると思っていなかったのでは」

 会見では、やり尽くした思いからか、終始清々しい表情で笑顔が続いた。

「これだけ全力を注げる場所が存在したことは、すごく良かったと思っています。最後の1年間も、どの試合も全力で取り組んだ末の演技だったので、もちろん成功も失敗もたくさんあったかもしれませんが、僕にとっては失敗も成功も自分にとって宝もののような時間になったと思います」

「小さいころは人前でしゃべれないとか、すごく内向きな性格で、多分、両親も、氷上で一人で演技するというのがこの僕にできるとは思っていなかったと思うんです。自分が発信できるタイプじゃないからこそ性に合った競技というか環境だったと思います」

「昔は試合でできなかったとき、悔しいと落ち込んでいたんですけど、長年、21年間フィギュアスケートをしてきて、しっかり笑顔で終えられる選手になれたんだなと。こうなりたいと小さいころ思っていた選手に1歩近づいたんじゃないかな」

 今後についてはこう語った。

「自分が心から踊るようなスケートをしていきたいと思っていて。競技から離れるので、自由にフィギュアスケートをやれる。やるもやらないも自由だし。ジャンプを跳ぶ、スピンをやる、何をやるにしても自分で選べるものなので、自分の生き方にもマッチしていると思う。すごく楽しみ」

 自分を振り返り、称える言葉が多く、それが非常に気持ちが良かった会見だった。

「引退してまだ間もないんですけど、彼(宇野昌磨)はすごくよくやったな、と僕は思います(笑)」

 これからも、自由に、のびやかに活躍する宇野昌磨を見続けたい。

(大崎百紀)