機内では悪質なカスハラに遭うことも。画像はイメージ(GettyImages)

 客が理不尽なクレームを行う「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題化するなか、航空大手・ANAホールディングスが、本格的な対策に乗り出したと報じられた。「複数人で対応する」「相手の承諾を得た上で録音・録画など記録する」などと対応を統一化し、マニュアルにまとめたという。“空の旅”の道中、どのようなカスハラ行為が横行し、客室乗務員(CA)たちはどう対処しているのか。元CAの女性2人に、リアルな現場の実態を明かしてもらった。

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「食事を運ぶカートがお客様の体に少し触れてしまったようで、中年男性に『責任者呼んでこい!』と大声で怒鳴り散らされて……」

 自身のカスハラ体験を振り返るのは、2017〜19年までANAでCAをしていた中川芽衣さん(仮名/30)。過激なクレーマーのほか、セクハラをしてくる乗客の対応にあたったこともあるという。

「ハイペースでお酒を飲まれている方がいると、CA同士で『もう〇杯目だから、次に頼まれたら注意差し上げて』と共有しあいます。でも、『機内は気圧の関係でアルコールが回りやすいのでお水をお持ちしましょうか?』などとお声がけすると、『なんだよ姉ちゃん!』と絡んでくるお客様はけっこういましたね」

 中川さんは「仕事なのでこの程度は我慢しよう」と受け流していたが、接客中に飲み物をかけられて堪忍袋の緒が切れ、退職したCAもいた。

 また、日本人ならではのクレームの特徴もあったという。外国人客は不満があればたいていその場で指摘してくれたが、日本人客は後から航空会社に訴えてくる傾向があった。

「会社から『クレームが入った』と呼び出されて、何かと思ったら、『窓の日よけシェードが開けっぱなしで、不快な思いをした』とのことで。直接言いづらいのか、大半はあまりにささいな内容でした」

CAの最重要任務は、機内の安全確保。今年1月2日に東京・羽田空港で日本航空機が炎上した際は、CAたちの的確な指示により乗客・乗員に犠牲者は出なかった

 機内で対応に困る乗客がいたら、「絶対的な存在」である先輩CAに指示を仰ぎ、従った。だがどんな場合でも一貫していたのが、安全第一の原則だ。離陸前にドアロックなど安全確認をしている最中は、しつこく話しかけられても作業を優先する。飛行機が揺れてシートベルト着用サインがついている間は、トイレに行こうとする人がいれば止め、温かい飲み物を求められても断る。

■カスハラはなぜなくならない?

「CAはサービス要員でもありますが、一番の存在意義は安全確保です」と、きっぱり口にする中川さん。CAの足を引っ張るカスハラ行為がなくならない理由を、どう捉えているのだろうか。

「日本の航空会社は“お客様は神様”という意識でJapan Qualityのおもてなしを提供しています。ブランド価値を高め、多くのファンを獲得しているのは素晴らしいこと。でも一方で、『ANAやJALなんだからこれくらいできて当然』『前はやってもらった』と、求められるレベルがどんどん上がったり、丁寧な接客にあぐらをかいてカスハラをするお客様を生み出したりする側面もあるように思います」

 正直、現役時代は、「ここまで丁寧に対応する必要ある?」とモヤモヤしたこともあるという。長距離フライト中の“スリーピングケア”はその一つだ。食事の配膳中、眠っている乗客はすべてメモし、目を覚まし次第「お食事されますか?」と声をかける。寝ている人数が多かったり、着陸が迫っているタイミングで起きる客がいたりすると、業務に大きな負担がかかる。だが、「お客様に満足いただきたい気持ち」と「クレームになったら困るという不安」から、努めて笑顔で対応していたという。

吉幾三さんが「態度が非常に横柄」と憤った、自民党の長谷川岳参院議員

■〇〇議員には「枕を2つ用意する」

 先日、歌手の吉幾三さんが投稿したYouTube動画を機に、CAの過剰な接客内容が波紋を広げた。事の発端は、吉さんが昨年5月に投稿した動画だ。偶然同じ飛行機に乗り合わせた国会議員が、CAに「非常に横柄」な態度をとっていたことに憤る内容だったのだが、この動画を見た匿名の現役CAから手紙が届いたとして、吉さんは今年3月、手紙の内容を紹介する動画を投稿した。

 手紙には、問題の国会議員は自民党の長谷川岳参院議員ではないかいう指摘とともに、長谷川議員が搭乗する際は、「枕は2つ用意する」「到着が遅れる時は早めにお知らせする」など多岐にわたる注意点が指示される旨が記されていた。

 このようなVIP客向けの特別対応は日常的に行われているのか、中川さんにたずねると、「ありますね」と即答した。

「有名人や重要な取引先企業の重役の方など、会社が大事にしたいお客様については、CAが持つ端末上で注意事項が共有されます。前回の搭乗時はこの飲み物を何杯も召し上がっていた、このサービスはお断りになった、といった申し送り事項を参考に、先輩たちはVIP対応にあたっていました」

 中川さんは最後に、カスハラ客に思うことをぶっちゃけた。

「働いている側も人間なので、何を言っても優しく対応してくれるというのは勘違い。お金を払ってるから、こういうステータスの人間だから、とカスハラをするのは、ダサいからやめたほうがいいと思います」

■1万円札の束を投げつけ…

 新人時代の壮絶なカスハラ事例を明かしてくれたのは、国内の航空会社に18年の勤務経験がある吉岡美絵さん(仮名/50代)だ。

 さかのぼること30年前。

「忘れもしません。羽田−沖縄便で上位クラスの席の接客をチーフと2人で担当したとき、空席のはずのシートに、金髪のパーマにデニムの上下、サングラス姿で真っ黒に日焼けした男性が座っていて。チーフが『搭乗券を見せていただけますか?』と声をかけると、男性はポケットに入っていた1万円札の束を投げつけ、『金なら持ってる、馬鹿にすんな!』と怒鳴りはじめたんです」

電波を発する電子機器を利用している乗客に注意し、逆ギレされるケースもあるという。画像はイメージ(GettyImages)

 男性はチーフの胸ぐらをつかんで壁に押しつけ、しまいには「怒らせたお詫びに、到着するまで隣に座って酌をしろ」と言い出したという。明らかに理不尽な迷惑行為だったが、チーフは要求を受け入れ、上位クラス22人の接客は吉岡さんが1人で担当することになった。

「1人の迷惑行為に付き合って、きちんとルールを守っている他のお客様へのサービスの質を低下させる対応は疑問だったし、今なら考えられません。でも当時は、波風を立てないことをよしとする風潮が残っていたんですね。チーフは『大丈夫よ、あの人お子様なだけだから』と言って、会社にトラブルレポートをあげようとしませんでした」

 当時の航空業界のカルチャーを如実に物語るのが、1983〜84年に放送されたテレビドラマ「スチュワーデス物語」だ。吉岡さんは、堀ちえみ演じる主人公のCA訓練生がクレーム対応として土下座し、周囲から「今世紀最大のガッツだよー!」と褒めたたえられる場面を鮮烈に覚えているという。

 だが時代の移り変わりとともに、暴言や暴行、土下座の強要といったカスハラには毅然と対応する流れになっていった。CAの腕をつかむ、勝手に非常用機材を触る、といった問題行動をとる乗客には、初めは「ご遠慮願えますか?」、次は「やめて下さい」「機長に報告します」などと徐々に注意のトーンを強め、手に余る場合は警察に出動してもらう。

■セクハラされたらどうする?

 セクハラへの対応も同様だ。「大人しそうな子が狙われる」と話す吉岡さん自身は、悪質な被害の経験は少ないというが、ある日の勤務後、後輩から「お客様にエプロンのひもをほどかれてしまって……」と打ち明けられたという。

火災を想定し、脱出訓練をするCAたち

「彼女はびっくりして固まってしまったようで、『それは向こうの思うつぼ。ダメなものはダメと言わなきゃ』と伝えました。別のCAは『私なら、そこから先は別料金ですって言っちゃいます』と話していましたが、それも冗談で許していることになる。私だったら、『いかがされました?』って笑顔でつっこんでいきますね。目では『説明してみろ!』って圧をかける感じで(笑)。やっぱり保安要員である以上、なめられちゃいけないんです」

 ANAは今回、カスハラ対応に統一ルールを設けたが、吉岡さんは、

「目の前で起こるカスハラ案件だけでなく、SNS社会の中で生まれる理不尽な攻撃からもCAを守れるか」

 という課題も指摘する。

「実際、クレーマー客に動画を撮られて拡散された、後ろ姿の写真をさらされて『パンツの線が出ている』『お尻がムチムチ』などとコメントをつけられた、といった事例が起きています。実名が書かれた名札の着用をやめたり、機内に防犯カメラを設置したり、対応強化を検討する時期に来ているのかもしれません」

 現在研修講師として活動する吉岡さんは、様々な業界で接客業に携わる受講生たちに、

「通常のクレームは貴重なご意見としつつ、理不尽な要求には応じなくていい。カスハラをする人は“お客様”ではありません」

 と伝えているという。

(AERA dot.編集部・大谷百合絵)