(写真はイメージ/GettyImages)

 都市部を中心に人気が続く中学受験。首都圏の受験率は2024年、過去最高を更新しました。中学入試や中高一貫校の最新トピックを紹介するAERA with Kids+の連載。今回は、最新の首都圏の入試動向と公立中高一貫校の志望者が減っている理由について、中学受験情報誌「進学レーダー」前編集長の井上修さん(現・日能研入試情報室室長)が解説します。

 2024年、首都圏の小学校の卒業生数は、23年の29万4574人から28万9201人へと約5400人も減少しました(図1)。そのため、中学受験者数もそれなりに減少するかと思われていました。ところが、実際算出すると、24年は6万5600人で、23年の6万6500人より900人減少しただけでした(図2)。

グラフの数値は日能研調べ

 一方、受験率は、中学受験者数の減少幅が小学校の卒業生数の減少幅より少なかったためにむしろ上昇し、22.7%と、23年の22.6%を上回りました(図3)。23年の中学受験者数と受験率は、日能研が統計を取り始めた1986年以降、いずれも過去最高値でしたが、2024年は中学受験者数は微減となったものの、受験率は過去最高を更新したのです。

グラフの数値は日能研調べ

■受験者数が微減したのは公立中高一貫校志望者の減少

 さて、前述の中学受験者数は、日能研推定で、私立中高一貫校+国立大学附属中+公立中高一貫校の受験者を足したものです。複雑なプロセスを経て算出するのですが、大きくは以下の三つの数値から成り立ちます。

A.2月1日午前の総受験者数

B.2月1日午前の欠席率

C.公立中高一貫校「のみ」の応募者数

 最初にAです。東京・神奈川の中学入試の開始日は2月1日。まずこの1日午前の総受験者数が基点数字となります。男女ともに難関校が入試日を設定しており、多くの受験生は2月1日午前に受験していると考えられます。さらにこの2月1日午前はほぼ私立中高一貫校のみの入試なので、私学受験者ということになります。2024年は4万7946人。23年は4万7965人でしたから、ほぼ横ばいでした。つまり、24年は私立だけに関しては、人気持続だったのです。

 続けてB「2月1日午前の欠席率」です。2月1日以前に千葉や埼玉などで合格するなどの理由から2月1日午前の非受験者を足し合わせないといけません。しかしながら当然、実際の非受験率なんてわかりませんから、日能研の受験者数から推定することにします。24年の日能研生の非受験率は11.3%でした(図4)。実はこの数値はあまり変化していません。毎年11〜12%程度なのです。

グラフの数値は日能研調べ

 続けてCです。東京・神奈川の公立中高一貫校は2月3日が試験日。私学と併願せず、公立中高一貫校「のみ」を受けた生徒を算出して、足し合わせるのです。ちなみに、単純に東京・神奈川の公立中高一貫校の応募者数を足し合わせると約1万4300人(一般枠のみ)。23年が約1万5600人でしたから、昨年比でなんと約8%も減少していました。

 つまり、公立中高一貫校の不人気が首都圏の中学受験者数微減の主たる要因だったのです。

■私立中高一貫校と公立中高一貫校の併願は激減

 前述した公立中高一貫校「のみ」の受験者の算出にも、日能研での公立中高一貫校受験者数を使用します。2015年からの東京都の公立中高一貫校と私立との併願率の推移をみると、驚くべき勢いで併願率が低下しています(図5)。15年には15.1%でしたが、24年には6.7%まで低下しています。

グラフの数値は日能研生のデータから

 このような私立と公立中高一貫校の併願率の低下は、日能研に限ったことではなく、他の大手中学受験専門塾でも大なり小なり同様の現象がおきていると、関係者から聞きました。現状としては、高校受験を主体としているような学習塾が、公立中高一貫校受験者の主体となっています。

■なぜ私学は人気が続き、公立は応募者が減少したのか

 それではなぜ、私立中高一貫校は人気となり、公立中高一貫校は不人気となったのでしょうか。それは以下の4つの要因が考えられます。

①説明会など学校を知るチャンスの少なさ
②教育の硬直性
③施設の古さと柔軟性の欠如
④高校無償化

 まずは①「学校を知るチャンスの少なさ」です。近年、私学は学校を理解できるような豊富な機会を設けています。説明会が複数あるのはもちろん、コロナ以降は文化祭やオープンキャンパスなど、直接学校を訪問して教育に触れられる機会を増やしています。さらに、近年はSNSの活用も進んでおり、LINEなどで、説明会などの誘導や、ホームページの更新情報などを直接保護者や受験生に届けるように努力しています。学校によっては「LINEは、どの日時に出せば訴求効果が高いか」なども考えて発信しています。

 それに対して、公立中高一貫校は、そもそも説明会の回数が少なく、学校を知るチャンスは私学と比較すると、とても限られています。

 次に②「教育の硬直性」です。都県によって若干の温度差がありますが、公立中高一貫校は、概して教育委員会から、高い大学合格実績を出すようにとの要請が出ているようです。そのため、結果として公立中高一貫校の教育自体が「到達型学力」(大学合格に到達することを主眼におく学力観)を重視する傾向が強まってしまいます。

 確かに大学合格実績は私学でも重視されますが、近年は合格実績が高くても、教育自体が到達型だったり、それを達成するために多くの課題が課せられたり、授業の速度を重視するような学校は敬遠されがちです。実際、首都圏の公立中高一貫校でも、「大学実績は高いのに人気は下がってしまった」と不思議がる関係者もいました。実は私学でも、大学実績が高まれば、それが人気につながるという時代でもなくなってきています。人気となるには、大学進学指導だけではない教育の充実、そしてクラブ活動や学校生活の楽しさなどがバランスよく調和した「バランス型」学校が人気となっているのです。

 ③「施設の古さと柔軟性」に関しては、実は校舎の新旧がポイントではありません。近年私学では、生徒の主体的な学びを支援、促進する空間としての「ラーニングコモンズ」の設置が増えています。公立中高一貫校では、時代の変化にあわせて施設を変化させていく柔軟性が残念ながら乏しいのです。

 そして、④「高校無償化」です。東京都や大阪府では、私学も含めて授業料の無償化が進んでいます。「コストがあまり変わらないのなら、やはり私学」ということも公立中高一貫校離れにつながっているのです。

■私学人気の最大の要因は「柔軟性」

 さて、前述してきた公立中高一貫校の不人気の要因は裏を返せば、私学の人気の要因でもあります。なかでも私学が人気となっている最大の要因はやはり「柔軟性」。特に2020年以降のコロナ禍で、私学はICTの積極導入など柔軟な対応で人気を高めました。そしてコロナが収束し、再び世界全体が活発に動き始めた現在、私学は建学の理念は守りつつ、世界と社会の変化に合わせて柔軟に変化しているのです。

(文/井上修)