漫画愛に目覚めたのは大学生になってから

 ここ数年、国内の漫画市場は右肩上がりの成長を遂げている。ENCOUNTでは、今なお人気を博す作品の現状や、新作も多く発表される業界の今に注目。漫画市場の動向を肌で感じている現役の書店員に話を聞いた。今回は、都内の書店でコミック担当をしているモリさん(仮名)に“漫画好き”となったきっかけについて語ってもらった。

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 東京都内の書店でコミック担当をしているモリと申します。大学に通っていた頃にふと立ち寄った本屋で書店員として働きはじめて17年、担当棚はコミック一筋で今日に至ります。

 ちょっと変わった経歴としては、書店員の仕事をする間に家業を承継したり事業を興したりで、書店員をしながらも書店仕事とは全く異なる2つの会社を経営するようになりました。

「薄給と聞く、書店員の仕事を……?」と尋ねられることも少なくないですが、素晴らしい漫画との出会い、またそれをオススメして手に取っていただけるときの楽しさが他に替えがたく、もうしばらくはこんな生活が続きそうです。

 といってもこれほど漫画に傾倒しはじめたのは、大学生になってからと、かなり遅れてのデビューでした。

 運転免許を取ろうと自動車学校に通い始めた夏休み。講習の合間の時間に涼む場所が欲しいぐらいの気持ちで立ち寄ったなんでもない書店で出会った作品が志村貴子先生の『青い花』(太田出版)でした。

 東京大学への受験準備に明け暮れていた私にとって、漫画といえば『DEATH NOTE』や『SLAMDUNK』、『ジョジョの奇妙な冒険』といったドがつくメジャー作品だった高校時代でした。

 そんな私にとってこの『青い花』はそれまでの何もかもと違う漫画体験で、それによってそこからしばらくの人生が決まってしまうほどの出会いになったのです。

 まず、その表紙。すっきりとした白地の背景に、水彩タッチで描かれた2人の女の子。その淡くはかない雰囲気は、先に挙げたような漫画たちとは明らかに違う出来事が起きそうな気配に満ち満ちたものでした。これは記憶の脚色かもしれませんが、書店の棚で見つけたときにもやはり周りからひとつもふたつも浮いて目に飛びこんでくる美しさを放っていたように思います。

 次に驚いたのが漫画の内容です。鎌倉をモデルとした女子校が舞台というのもミステリアスですてきな設定ですが、それ以上に驚きだったのが幼なじみであった表紙の2人が真剣に思い悩むことが女の子同士の恋愛であったことです。ただでさえ青春めいた高校生活に中指を立てていた私にとって、作中に登場するキャラクターたちの思春期の感情の機微は非常に新鮮なものだったのです。

 そしてこれがまた驚きだったのが漫画の演出とでも呼ぶべきでしょうか、志村貴子先生の画面作りでした。

 それまでに読んできた漫画と比べて、とにかく画面が白かったんです。何かの比喩ではなく本当に白くて明るい。しかしあえて置かれたその白さ、つまり余白の中にキャラクターたちが息づいている時間と空間があり、そこに感情表現すら読むことができるという事実にまた驚きました。

 こんな漫画があったのか――。漫画ってこれまで自分が捉えていたよりもずっと広く深く、いろんな題材を、いろんな方法で表現している。きっと漫画の世界にはもっとたくさんの未知、興奮との出会いがあるに違いない。

 そう思ってからはどっぷりと漫画づけの人生。漫画も十二分にその期待に応えてくれたのでここまで楽しんでこれています。

 きっとあなたの人生観を変えるような漫画が、いまも書店の棚であなたを待ち構えていると思います。ぜひ書店にお足運びをいただきまして、そんな本との偶然の出会いにご期待ください。ENCOUNT編集部