中古車バイヤーズガイドとしても役にたつ『エンジン』蔵出し記事シリーズ。今回は2017年9月号に掲載されたフェラーリの812スーパーファストを取り上げる。12気筒エンジンを搭載する最新のフェラーリとして12チリンドリがデビューした今、改めて800psを発生する6.5リッターV12気筒エンジンをフロントに積み、340km/hの最高速度を誇った812スーパーファストにスポットを当ててみた。


ついにフェラーリの聖地へ

ラ・フェラーリのような特別限定モデルを除くフェラーリの市販シリーズ・モデルには、大きく分けてふたつの系統がある。ひとつはGTC4ルッソを頂点とし、ルッソT、カリフォルニアTへと連なるGTカーの系統だ。そしてもうひとつは、今回、新型に生まれ変わった812スーパーファストを頂点とし、488GTBとスパイダーへと連なるスポーツカーの系統である。このふたつの系統では、国際試乗会が開催される場所は明確に異なっており、たとえば前回、私が参加したGTC4ルッソTの国際試乗会は風光明媚なイタリア中部トスカーナ地方のシエナ近郊で開かれた。すなわち、GTカー系統では、それにふさわしいゴージャスなライフスタイルが満喫できて、かつ、当然ながらフェラーリを走らせるのにふさわしい素晴らしい道があるところが選ばれるのだ。



一方、スポーツカー系統はどうかと言えば、その開催場所は毎回、最初から決まっている。なぜなら、フェラーリの本拠地マラネロに隣接して彼らが所有し、F1のテストにも使っているフィオラノ・サーキットを走るプログラムが必ず組まれているからだ。だから、開催地はいつもマラネロ。そして、フィオラノ・サーキットを走るほかに周辺の公道を走るプログラムが組まれている。

私はもう長年、ENGINEの編集に携わってきたが、残念なことにフィオラノを走った経験が一度もなかった。というのも、我が編集部には、スズキ前編集長を筆頭に、イマオ前副編、サイトー現副編という、圧倒的な正統フェラーリ好きの血脈があり、そこに私のような週刊誌記者上がりの新参者が入り込む余地はまったくなかったからである。“お前はポルシェの試乗会に行っていればいい”という雰囲気が間違いなくあった。けれど、本当のことを言うと、私だってずっとフィオラノを走ってみたかったのだ。

あくまでも無駄を削ぎ落として走りに必要なものだけを配しながらも、エレガントさを失わず、それどころかゴージャスな雰囲気さえ漂わせるインパネは、フェラーリならではのものだ。

今回、それがかなったのは、たまたまファッションの取材でミラノとパリに行くのにつながる日程で試乗会があり、サイトーよりも私が行く方が万事うまく行くことがわかったからだ。とにかく、私は飛びついた。絶対に行きたいと思った。そして、行ってみて、本当に来て良かったと思った。フェラーリの生まれるところでフェラーリに乗れるなんて、そんな経験はどんなにお金があったって誰もができるわけじゃない。しかも、その試乗車が史上最強の市販シリーズ・モデルたる812スーパーファストだったのだから、これはもはや至福の体験というしかなかった。


進化した空力と新設計のV12

まずは812スーパーファストの概要について見ておこう。デビューは今年のジュネーブ・ショウ。2013年に登場したF12ベルリネッタの後継にあたり、エアロダイナミクス機能を強調した空気の通り穴がたくさん開いた斬新なデザインは共通するものがあるが、一世代を経て明らかに洗練度が増している。こちらが見慣れたせいもあるのかも知れないが、数々のエア・トンネルやダクトが、美しいクーペのデザインを阻害することなく、むしろ当然そこにあるベきものとしてスタイルに溶け込んでいると思った。

ディアパソン(音程を合わせる音叉)のモチーフを配したデザインを採用したというシートは、ゆったりとしていながら、それでいてスポーツ走行でも揺るぎなく身体を包み込んで支えてくれる立体的な造形を持つ。

とりわけ秀逸だと思ったのはリア・スタイルだ。コーダ・トロンカ風にスパッと切り取られたお尻には、F12同様、無骨なウイングなど一切ない。しかし、エアロダイナミクス的には先代をも上回る効果が得られているのだという。たとえば、リアのスポイラーの高さはF12より30mm高くなりダウンフォースが増しているが、それと同時に高まるドラッグ(空気抵抗)を打ち消すため、リア・ガラスの後端にわざと段差を設け、気流を分割して縦方向の渦を生成することで補完しているのだという。

リアのデザインでは、左右丸形2灯ずつ計4灯のコンビネーション・ランプが戻ってきてくれたのも、個人的には大いに気に入っている。

一方、エアロダイナミクスについてもうひとつ付け加えると、フロントのディフューザーの内側には2枚のフラップが取り付けられていて、時速200kmになると風圧で開いて、車体のドラッグを低減するようになっている。また、リア・ディフューザーの下側にも3つのフラップがあり、こちらも時速130kmで電動で開き、ドラッグを低減させる役割を担う。そうした見えない部分でのエアロダイナミクスが大幅に進化しているのだ。

キャビンにめり込むようにしてフロントにミドシップされる6.5リッターV12ユニット。そのヘッドは赤く結晶塗装されている。

しかし、一番大きく変わったのは、フロントのミドシップに置かれたV12気筒エンジンそのものということになるだろう。ストロークを2.8mm延ばすことで、6262ccから6496ccへと排気量を拡大した新エンジンは、クランクシャフトやコンロッドをはじめ75%のパーツが新しいものになっているという。シリンダーヘッドからピストンの形状、燃料噴射システムに至るまで、すべてが新設計されており、その結果、最高出力は60ps増しの800psというフェラーリの市販シリーズ・モデル史上最強のものとなっている。レブ・リミットも8700rpmから8900rpmへと引き上げられた。リッターあたり出力は123psとなるのだから、自然吸気エンジンとしては驚異的な数字というほかあるまい。

それと同時に、ハンドリングとロードホールディングを向上させるための数々の電子制御システムが取り入れられた。もっとも大きな変更はフェラーリ初の電動パワー・ステアリングが採用されたことだ。パワー・アシストが電動でなされるだけでなく、重さを積極的に変化させることで、ドライバーが正しい操舵を行なうように示唆するシステムが組み込まれている。もうひとつ重要なのは、F12の限定モデルであるtdf(ツール・ド・フランス)で初採用され、GTC4ルッソにも採用された後輪操舵システムが取り入れられたことだ。それらに加えて、エンジンやリア・アクスル上に置かれたギア・ボックス、左右のトラクションを電子制御するEディフなど、すべてが統合制御されてドライバーを支援してくれる。正直に言って、これがなかったら、800psのスポーツカーを私のようなドライバーがサーキットやあるいは公道であっても、普通に操るなんてことは到底不可能だっただろう。


すべてが軽くスムーズで、速い

試乗日の朝、幸いなことに、フィオラノの空は快晴だった。サーキットに着くと、ひとり4周ずつ乗せてもらえることになったが、順番はなんと私が初っ端。インストラクターの横に乗ってコースを1周だけ下見した後、いきなりハンドルを握らされた。最初はスポーツ・モードで様子を見て、それで大丈夫だったら次にレース、そしてTCオフとモードを切り換えていこうと思った。なにしろ800psのモンスター・マシンのことである、本当にいきなり走って大丈夫なの、とビクビクしながらコース・インしたのだが、アクセレレーターを踏む右足に力を込めV12気筒が素晴らしい音をたてて加速を始めた瞬間、あまりの速さと気持ち良さに、もはや私の理性は吹っ飛んでいた。とにかく、走りたくて走りたくてたまらない気持ちが堰を切ったように内から溢れ出てきた。



ペダルやステアリングの操作フィールは、ひと昔前のスポーツカーとは比べ物にならないくらい軽い。そして、すべての動きがスムーズそのものなのである。ロードホールディングも抜群で、常に車体が路面に吸いついているような感覚があるから、速度を上げて行っても、まるで不安を感じることがない。コーナー8つの1周2976メートルはあっという間に終わってしまった。最終コーナーを立ち上がった後の直線では、トンネルに入る前にアクセレレーターをオフにしてエンジンの音を聞けと言われたのでそうする。V12気筒の美しい獣の叫びのような声に気持ちが少し清められるような気がした。

さあ、今度はレース・モードでもう少しスピードを上げて走ろう。コーナーからの立ち上がりで、少し強めにアクセレレーターを踏み込んでいくと、Eディフが積極的に前へ前へと押し出してくれるのが気持ちいい。トルクを絞る感じがあったスポーツ・モードよりもこちらの方が走りやすい。S字の切り返しはステアリングとアクセレレーターの操作に気をつかうが、ピーキーな動きは一切なく、実に素直にボディが反応してくれて、抜群に気持ちよく走れた。



積極的にドリフトを楽しんでもいいよ、と言われた6コーナーで、クリップ付近から自分なりにドンとアクセレレーターを踏んでみたが、それでも遠慮気味だったのか、なにごとも起きない。次の周回、トラクション・コントロール・オフでやってみたら、ギャッと滑り出して、すぐにカウンターを当てた。この時、電動パワー・ステアリングによるアシストがあったのかどうか、ちょっと私には判断が付きかねる。少なくとも、急激に重くなるということはなかったから、間違った方向に切ろうとはしていなかったということだろう。フェラーリのアシストの考え方は、クルマが勝手にカウンターを切るのでも、力を加えるのでもない。あくまで間違った方に切らないよう、そちらは重く、正しい方向は軽くして、正しい操作を促すのだという。

最後の4周目はクーリング・ラップ。もう一度、様々なフィールを確認しながら走った。電動パワー・ステアリングは、導入時にしては素晴らしく出来がいいと思ったが、しかしフェラーリだと考えると、もっと素晴らしいものにできるのではないかと思った。センター付近のフィールがやや曖昧だと感じられたのだ。

4周の至福の体験を終えた後は公道へ。街中からバイパス、山道まで様々な道を走った。公道を走って驚かされるのは、800psのスポーツカーがまるで高級スポーツ・サルーンのような適度に引き締まってはいるが快適な足回りを持っていることだ。スムーズなシフトといい、素直なハンドリングといい、これは本当に800psのモンスター・マシンなのかと何度も疑いたくなった。

山道のタイト・コーナーでは、サーキットと同じくレース・モードの方がアンダーステアが出にくくて走りやすい。素晴らしい爆音を聞きながら山道での走りを楽しんでいたら、なんと突如として大雨が降ってきた。かつて599で雨の首都高速を走って、あまりにトラクションが掛からない恐怖に震えたことを思い出した。しかし、812ではまったく恐い思いを抱くことなく走れるのに感動した。ただし、ワイパーの効きは相変わらずイマイチだったけれど。

文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=フェラーリS.p.A

■フェラーリ812 スーパーファスト
駆動方式 エンジン・フロント縦置き後輪駆動
全長×全幅×全高 4657×1971×1276mm
ホイールベース 2720mm
空車重量 1630kg
エンジン形式 直噴V型12気筒DOHC(バンク角65度)
排気量 6496cc
ボア×ストローク 94.0×78.0mm
最高出力 800ps/8500rpm
最大トルク 73.2kgm/7000rpm
トランスミッション デュアルクラッチ式7段自動MT
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン/コイル
サスペンション(後) マルチリンク/コイル
ブレーキ (前後) 通気冷却式ディスク(CCM)
タイヤ (前)275/35ZR20、(後)315/35ZR20
車両本体価格(税込み) 3910万円

(ENGINE2017年9月号)