次々とバリエーションを増やしてきた911シリーズに、なんとオフロード・モデルが登場。“ダカール”と名づけられたそれは、オプションのデコレーションを装着すると、まるでラリー・カーそのもののようになる。ところが、これが乗ってみると意外なことに……。エンジン編集長のムラカミがリポートする。

ポルシェ911はニッチの王様

ひと昔前に“ニッチ”という言葉が流行ったことがある。ビジネスの世界ではニッチ産業などと言って、大企業が手を出さない“すきま”を埋める仕事が注目を集めたりしたものだが、クルマの世界こそ今も昔も変わらないニッチの宝庫と言っていいだろう。たとえば、オープンカーやSUVはそもそもがニッチ商品だが、そこからさらにすきまをこじ開けてリトラクタブル・ハードトップやSUVクーペが現れた。というように、極言すれば実用車以外すべてがニッチな要素を持っているクルマの世界にあって、“ニッチの王様”とも言うべき存在が他ならぬポルシェ911ではないかと私は思うのだ。

試乗車には、1984年のパリ−ダカール・ラリー優勝車をイメージしたラリー・デザイン・パッケージが組み込まれていた。

その出自からしてVWビートルから派生したニッチ・カーともいうべき356の後継車である911は、初期からタルガや4気筒の912を出したり、SだのTだのEだのを追加したりして、常にすきまを埋めながら進化してきた。実用車としても使える4座のスポーツカーでありながら、レースやラリーに参戦できるだけの性能をも兼ね備えていたのだから、その持てる幅は恐ろしく広く、それだけに探せば“すきま”などいくらでもあったに違いないのだ。

だが、それにしても近年の911のすきまの埋めっぷりには目を見張るものがある。素のカレラに4、S、4S、ターボ、各カブリオレに加えてタルガ、GT3、GT3RSあたりまでは、まだ分からぬではなかったけれど、SとGT3のニッチ・モデルとしてGTSが現れたあたりから一気に勢いがついてきた感がある。Tの復活、GT3ツーリングの登場、S/T、GT3Rレンシュポルトときて、ついに現れたのがこの911ダカールだ。もはや“すきま”というより完全にはみ出したモデルである。まるでラリーカーそのものの派手なデコレーションを纏った試乗車を見て、正直、私は仰け反った。



車両本体価格3099万円也

これはオプションのラリー・デザイン・パッケージによるもので料金は390万3000円。外装のほかに、アルカンターラのようなレース・テックスという素材やシャークブルー・ステッチが施されたレザーを使った内装も含まれる。3099万円の車両本体価格にもろもろのオプションを加えた総計は3623万1000円。もはやスーパーカーの領域に入っているのだから、緊張するなと言っても無理な話だ。

両脇が高く、すっぽりとはまり込むように臀部を固定するカーボン製のバケット・シートにうまく乗り込むのに少し苦労した。シルの部分がレース・テックスになっていて、靴で汚さないようにするのに気を使わされる。運転席につくと目の前にはいつもの911のインパネが拡がっているのだが、違うのはフロントガラスを通して見える風景が、いつもよりずっと高い位置からのものであることだ。ベースはカレラ4GTSだが、脚は40mm高められており、セダンに乗っているような感覚である。ステアリングホイールの左下にあるノブを回してエンジンを掛けると、背後から想像以上に派手なフラット6の咆哮が襲ってきた。まるでGT3のような巨大な音がする。リア・シートが取り外され、軽量化のために遮音材もかなり省かれているからだろうか。緊張感はさらに高まった。

このパッケージを選ぶと内装にもアルカンターラに似たRace-Tex素材やシャークブルー・ステッチを使ったレザーが奢られる。

ところが、地下の駐車場から慎重にループを上り、恐る恐る街へと乗り出してみると、思いのほか乗りやすいクルマであることに気づいて、逆に驚かされた。目線が高いことが、こんなに運転をラクにするものかと思うほどに見切りが良く、さらにロードクリアランスが圧倒的にいいので、段差などもまったく気にしないで済む。常にアゴを擦るのを気にしていなければならない長期リポート車の996型カレラ4Sとは大違いだ。タイヤもハイトが高いオールシーズン・タイヤを履いているからホイールを擦る心配もない。

一方、乗り味としては、足のストロークが長くなっているせいか、全体的なクルマの動きは穏やか、かつステアリング・フィールも少しおっとりとしており、最新の992型のシャープなハンドリングよりも、かつての996型や997型の4WDモデルが持っていた感覚に通じるものがあるように思われた。



信号で停まると、すかさずアイドリング・ストップするので突然車内が静かになる。なんと平和なことか。もしこれがダカールではなく、こんなデコレーションもなくシートもフツーのスポーツシートで遮音もしっかりしてある単に車高を上げたカレラだったら、意外に街乗りに最適な911になるんじゃないか、そんな考えが頭の中で持ち上がってきた。

走りが楽しいラリー・モード

翌日、撮影もかねて房総半島に出かけて高速道路から山道、そして少しだけオフロードも走ってみた。走行モードは、ウェット、ノーマル、スポーツ、ラリー、オフロードの5つで、オフロードにすると自動的に前後の車高が30mm上がるようになっている。そのまま時速170kmまで走れるというが、もちろん試してはいない。5つの走行モードのうち、走っていて一番楽しかったのはラリーで、ダンパーはストロークを生かした柔らかめの設定になる一方で、トラクションはより多めに後輪へと配分されるようになり、積極的に前へ前へとクルマを押し出してくれる。きっと、これでダート・コースを思いっきり走ったら、それこそラリー・カーを操っているような最高の楽しみを得られるのだろう。



高速道路ではスポーツが良かった。ダンパーがはっきりとわかるくらいに硬くなり、たとえオールシーズン・タイヤを履いていても、素晴しい高速安定性を得られる。それに対してノーマルはかなり大人しい設定で、ギアもどんどん上げるし、アイドリング・ストップも積極的にする。ひょっとすると街中でもラリー・モードの方が走りは楽しいかも知れない。

もちろんカーボン製のフロント・リッドやリア・ウイングを装着するなど軽量化を図って車重を抑えたり、様々なところに手を入れてあればこそのダカールの走りなのかもしれないが、もしこれをすべて素のカレラのままでつくったら、どんな911になるのだろうか、と思ってしまう。どうせニッチを狙うなら、廉価版の911ラリーを出したら面白いのでは? どうですか、ポルシェさん。

文=村上 政(ENGINE編集部) 写真=柏田芳敬

■ポルシェ911ダカール
駆動方式 リア縦置きエンジン4WD
全長×全幅×全高 4530×1864×1338mm
ホイールベース 2450mm
車両重量(車検証) 1620kg(前軸610kg:後軸1010kg)
エンジン形式 直噴水平対向6気筒DOHCターボ
排気量 2981cc
ボア×ストローク 91.0×76.4mm
最高出力 480ps/6500rpm
最大トルク 570Nm/2300-5000rpm
トランスミッション デュアルクラッチ式8段自動MT(PDK)
サスペンション(前) マクファーソン式ストラット/コイル
サスペンション(後) マルチリンク/コイル
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前/後) 245/45ZR19/295/40ZR20
車両本体価格(税込み) 3099万円

(ENGINE2024年5月号)