ものづくりで大事なのは、どうしたら売れるかではない? その答えを求めて『小泉誠のものづくりの方程式』を読んでみた!
どうしたら売れるかではなく、どうしたら良いものになるか
小泉誠さん(1960年生まれ)は、住宅から箸置きまで、幅広く手掛ける人気のデザイナーだ。そんな人物の名前が前面に出た書籍タイトルから、ヒット商品を生み出すノウハウを紹介した本と思ったら大間違い。誠実なデザイナーが関わった、人間味溢れるものづくりの物語が30例紹介されている。
そもそも小泉さんが手掛けているのは、大企業による誰もが知る大量生産品ではない。それとは対極の、日本各地の技術力と働いている人たちの情熱がある小さなメーカーと、多くの仕事をしている。製品も、身の回りの長く使えるモノが中心。けっして流行のものではない。小泉さんの役割は、「デザインの力で素材や産地の魅力を引き出し、モノにも人にも働く場を与える」こと。大事なのは、「どうしたら売れるかではなく、どうしたら良いものになるか」、だ。
著者の長町美和子さんは、30のメーカー・地域を小泉さんと訪れ、モノが生まれた背景を紹介する。筆致はまるで夫婦漫才。楽しく軽やかだ。デザインの知識が全くなくても、どんどんと読み進んでしまう。そもそもこの本は、飛行機の機内誌に連載されていた記事をまとめて再編集したもの。デザイン好きを対象に書かれたものではない。登場する社長も、社名肩書無しの〇〇さんで、会話も人間的。その分彼らの熱量が伝わってくる。
そして何より小泉さんの人柄が魅力的だ。デザイナーといえば、才能のあるお洒落でスマートな人物を想像する人が多いだろう。しかし同書に登場する小泉誠さんは、カジュアルで温か。そして時折見せる、昔気質の職人さんのような一面も。一緒に働く人たちの人柄を、とても大切にしているのだ。良き人たちと出会わなければ、彼の「デザイナー魂」に火が点くことはない。小泉さんが、相手に「デザインでこの人たちの役に立ちたい」と思い、メーカーや職人さんが「小泉さんのために頑張っていいものをつくりたい」と考え、初めて誠実なモノが生まれるのだという。
時には、頼まれもしないのに、遠くのメーカー同士を引き合わせ、新しいモノを作り出すのも小泉さんらしいところ。そのうえ、築50年の民家を改装した自身のお店「こいずみ道具店」で、デザインした製品も販売もしている。作ることはできても、販売が苦手な小さな会社にとって、本当に有難い話だろう。
そんな小泉さんの作り出すデザインは、シンプルで温かさを感じる、使い勝手の良さそうなもの。村角創一さんのカメラがそうした製品だけでなく、工場や素材を情緒的に写している。だが、なんといっても、一番魅力的なのは小泉誠さんその人だ。今の時代に、こうした良心の塊のような人物が存在していたとは。一冊読み終えて、とても幸せな気持ちになった。
文=ジョー スズキ(デザインプロデューサー)
小泉誠:1960年生まれ。家具デザイナー。現在は、日本全国のモノ作りの現場を駆け回り、地域との協業を続けている。写真=Koizumi Studio
『小泉誠ものづくりの方程式 素材×技術=デザイン30』(エクスナレッジ社)2500円+税
文=長町美和子・写真=村角創一 エクスナレッジ社(2024年)