昭和を感じる佇まいや前店主の精神を大切に継承し、次世代が新たに発信する喫茶店が増えている。
コーヒーの味や喫茶メニューも密かに進化。“新解釈”の喫茶店が今、最高に居心地がいい。

喫茶 ストリーマー[東日本橋]

ガラス壁のスクエアの意匠やレンガの壁面、家具類に、1970年代の空気感が息づく。
古風なクリームソーダをタトゥー&ネイルの手元でサーブ。これも〈喫茶ストリーマー〉らしい景色。パーラーフロート800円。

アメリカの西海岸文化と創業50年の喫茶店が出会い、日本橋の新たな憩いの場に。
アメリカ西海岸のコーヒーカルチャーを伝える〈STREAMER〉が喫茶店を始めた、というニュースは新鮮な驚きだった。1973年、日本橋小舟町に創業し、近隣の人々に長く愛されてきた〈喫茶 郷〉(初代の屋号は〈焙煎舎〉)。昨秋、〈STREAMER〉の代表が運命的な出会いをし、「この空間と歴史を継承したい」という思いから実現したという。
よくぞ残っていたと感動を覚える、創業当時からほぼ変わらぬ内装は、天然木材や特注家具を使い贅沢に作られたことが伝わってくる。ヘッドバリスタの井上鉄也さんは、高品質な豆で店をイメージした王道の深煎りブレンドを作り、7種のシングルオリジンも用意。シングル用にネルドリップを初導入したのも喫茶文化へのリスペクトからだ。
かたや、クリームソーダやナポリタン、ピザトーストなど“オールドスクール”なメニューも取り入れ、オリジナルレシピで楽しませるのも心憎い。
「喫茶店は戦後、アメリカ人をもてなす場として作られたという説もあります。西海岸のコーヒー文化を発信してきた私たちが、喫茶店に原点回帰し、自分たちらしい形で次世代に伝えていけたら」と取締役の清水知子さん。彼らが表現する“令和の憩いの場”は、まだまだ進化中だ。

受け継いだもの

カウンター席の特注椅子とガラス扉の「珈琲」の文字がなんとも絵になる。
温かな光を灯すランプも半世紀前のもの。
旧店舗から継承したストライプのテントと丸型の看板に、ブランド初となるカタカナ書きの屋号がみごとになじむ!

新たなエッセンス

シングルはハンドドリップorネルドリップで。
タマゴサンド750円、コーヒーはタンザニア1,100円。
ヘッドバリスタの井上さん(右)とスタッフの高野桜楽さん。カウンター奥のエスプレッソマシンも新要素だ。

喫茶 ストリーマー

今年2月オープン。ブレンド珈琲(深煎り)550円など。モーニングもあり。
住所:東京都中央区日本橋小舟町4-9 1F 
TEL:03-6434-1403 
営業時間:8:00〜17:00 
定休日:無休 
席数:47席

サロン クリスティ[ 神田 ]

作家や編集者に愛された 出版社の喫茶店が 街に開かれた“サロン”へ。
アガサ・クリスティーの作品で知られる〈早川書房〉。この本社ビル1階で1988年から営業してきた喫茶店〈サロン クリスティ〉が、今年2月、改装を終えリニューアルオープンした。作家や翻訳家、編集者が集った場は、明るくシックな喫茶室に。
「屋号に『サロン』と冠する通り、本好きの人たちが集い、また本に興味を持つきっかけになるような、“読む喜び”を発信する場になれば」と副社長の早川淳さん。
店舗設計は〈MUJI HOTEL GINZA〉などを手がけた〈UDS〉が担当。組み木の床やベルベットのソファなどに〈早川書房〉が愛する英国テイストが漂い、座り心地のいいチェア、大テーブルや打ち合わせに最適な半個室など全席に電源が完備され、仕事場としてのDNAも受け継がれる。
深煎りのクリスティブレンドは新導入のサイフォンで抽出し、背の高いカップにたっぷりと。郷愁を誘う見た目でいて実は洗練された味わいのプリンをはじめ、熟練のシェフがきちんと手をかけた料理やスイーツを出すことも、社員の健康を思う旧店舗からのこだわりだ。アルコールメニューも豊富なので、昼下がりに本を読みつつワインを一杯、嗜むのもいい。神田の街に開かれた思索の場は、多くの可能性に満ちている。

受け継いだもの

イギリスの伝統的なパブの佇まいをモチーフにした内装。
作家や編集者らが集う場として、隣席を気にせず打ち合わせに集中できる配慮が。
ランチにイギリス伝統料理が登場するのも店の歴史の一つ。写真は食べ応え満点の特製ローストビーフ1,400円。
旧店舗から受け継ぐ「C」のデザインは、アガサ・クリスティーの「名探偵ポアロ」のヒゲをイメージ。

新たなエッセンス

クラシックプリンという名でいて実は新レシピ。多めの生クリームと全卵、甘みはきび糖を使用。低温で火入れし、濃厚&滑らかな口当たり。500円。クリスティブレンド800円。
サイフォンが店の新たな顔に!

サロン クリスティ

今後は読書会なども開催予定。
住所:東京都千代田区神田多町2-2 
TEL:03-3258-3800 
営業時間:10:00〜21:00LO(ランチ11:30〜14:30LO、パブタイム17:00〜) 
定休日:土日祝 
席数:32席

ミロンガ・ ヌオーバ[ 神保町 ]

空間も時間も丁寧に「移築」。神保町に受け継がれるアルゼンチンタンゴの音色。
今年で創業70年を迎えた、神保町の老舗喫茶〈ミロンガ・ヌオーバ〉。1950年代の空前のタンゴブームの中で誕生した、アルゼンチンタンゴを聴かせる音楽喫茶だ。今年2月、ビルの立ち退きのため移転に。旧店舗から40mほど、姉妹店である喫茶〈ラドリオ〉の一部だった場所だ。
「できる限り旧店舗の素材をそのまま使い、雰囲気を大切に残した」と店長の浅見加代子さん。磨かれて艶を帯びた一枚板のカウンターはテーブルの天板や新たなカウンター席に使われ、家具やランプ、音楽喫茶の命であるレコードやスピーカー、レトロなマッチのコレクションまで丁寧にお引越し。改装時に発見された旧〈ラドリオ〉時代のレンガの壁と相まって、老舗喫茶の時間をみごとに再現する。メニューもほぼ変わらず、炭火焙煎のミロンガブレンドを〈ウェッジウッド〉などの名窯のカップで味わう楽しみも受け継がれた。
そして何より、スピーカーから流れるアルゼンチンタンゴの叙情的な音色。電源やWi-Fiを完備するなど進化をしつつ、「今では希少になった音楽喫茶の空間を伝えていきたい」と浅見さん。コーヒーもいいけれど、時にはもう一つの名物、世界のビールを味わいつつ、レコードの音に耳を傾けるのも正しい過ごし方だ。

受け継いだもの

「ALTEC」の巨大スピーカーとバンドネオンを厨房前に設置。小窓から店長の浅見さんが見える。
約500枚のタンゴのアルバムとプレーヤーもそのままに。
ハンドドリップのミロンガブレンド650円と自家製チーズケーキ450円。〈ウェッジウッド〉のハミングバードのカップで。
再利用のカウンターが琥珀色の空間になじむ。
名窯のコーヒーカップが並ぶ。

新たなエッセンス

カウンター席には携帯電話の充電も可能な電源を設置。旧店舗時代からのマッチのコレクションとの対比が面白い。
名物のジャンバラヤに代わり新登場したスパイシードライカレー。半熟卵がとろ〜り。1,000円。

ミロンガ・ ヌオーバ

ほかにストレート珈琲7種も。世界のビール1瓶900円〜。
住所:東京都千代田区神田神保町1-3 
TEL:03-3295-1716 
営業時間:11:30〜22:00LO(土日祝〜18:30LO) 
定休日:水 
席数:40席

喫茶サテラ[ 渋谷 ]

空間を大切に引き継ぎ、新メニューで次世代の喫茶店を表現。
2020年秋のオープン以来、凛とした姿のプリンが話題を呼び、連日行列の人気を誇る〈喫茶サテラ〉。前身は48年の歴史を刻んだサイフォンコーヒー店〈青山茶館〉。常連だった近隣の会社の若き代表が閉店を惜しみ、後継者となった。
この店の心地よさは、そのまま引き継いだ居抜き物件かのように見えて、実は丹念に改修している点にある。まず入口の位置から変え、床に年代物のレンガを敷き、印象的な間仕切りはテーブルの脚に活かす。「高級感とレトロ感があるから」と、〈ノリタケ〉の金彩のカップ&ソーサーに一新したのも、スタッフ・中村有里さんらの喫茶店愛から。丁寧に再構築された世界観が“ネオ喫茶”として支持され、昭和レトロの雰囲気を求めてZ世代も数多く訪れる。
ブレンドとシングルオリジンの気まぐれコーヒーは、先代のサイフォンに代わり〈Kalita〉のドリッパーでハンドドリップ。深煎りと中煎りを用意するブレンドはふくよかで後口がクリアだ。メニューは一つ一つ開発し、クリームチーズと練乳を軸にした看板のプリンは、きめ細かな生地と柔らかな甘みに心和む。味も空間も巧みにブラッシュアップされているからこそ、Z世代はもちろん、幅広い層の心に響くのだ。

受け継いだもの

原形の空気感を壊さず丁寧に手を入れた店内。ロングカウンターは天板などを張り替えて使用。左はスタッフの中村有里さん
無垢材を削り出し柱状にした入口の間仕切りは、切ってテーブルの脚に再利用。背もたれが使い込まれた椅子は先代のもの。
作り付けの棚が〈青山茶館〉時代の風景と重なる。
創業時からの天井の欄間的な意匠も愛らしい。

新たなエッセンス

蒸し焼きで仕上げる名物のプリン600円、ブレンドコーヒー(写真は中煎り)700円。〈ノリタケ〉の器が気品を生む。
コーヒーゼリーやカラメル、牛乳などを重ねたコーヒーゼリーフロート850円も新名物だ。

喫茶サテラ

木曜はモーニング、金曜は夜営業も。オレグラッセ700円。
住所:東京都渋谷区渋谷1-7-5 1F 
TEL:070-3128-2362 
営業時間:11:00(木8:00)〜19:00(金〜22:00) 
定休日:不定休 
席数:17席

photo : Kiichi Fukuda text : Yoko Fujimori