【老親・家族 在宅での看取り方】#87

「ごめんなさい、間違えてお渡ししてしまったCDを次回の診療の時に戻していただければとお伝えしましたが、やはり聴いているといないとでは、だいぶ変わるから聴かせたいとご家族がおっしゃっていて、着払いでもいいのでCDを送っていただけませんか、申し訳ございません!」

 とそんな連絡が当院宛てに、ホスピスの看護師さんからあったのは、ある有料老人ホームで訪問診療を終えて医院に戻ってしばらくしてからのことでした。診療情報が入ったCD-ROMを私たちに渡す際、患者さんの私物のクラシック音楽のCDを混同させてしまったというのです。

 この患者さんは認知症とALS(筋萎縮性側索硬化症)を患う70代後半の女性。ALSは、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる運動神経が障害され、筋肉がだんだん痩せ衰え、最後には動かなくなってしまう病気です。

 手が動かしにくくなったり、しゃべりにくくなり、食べ物ものみ込みにくいといった症状が徐々に進行するのが特徴で、患者さんも呼吸筋が落ち、呼吸が弱まりつつありました。夜間は酸素マスクが必要であるのにもかかわらず、マスクを付けないで過ごすなど、投げやりになり、生きることを諦め死を身近に思われる、いわゆる希死念慮もお持ちのご様子でした。

 ぼーっとしている時間が増え、調子が悪い時は介護する者と目は合うものの、呼びかけに応じません。ですが好きなクラシック音楽のCDを聴いている時だけは、なぜか様子が全然違って、目を輝かせるといいます。

 そんな患者さんが入所するホスピスとは、専門的な緩和ケアを受けるために看護師が24時間常駐している施設です。鎮痛剤や医療用麻薬の使用、人工呼吸器などの医療器具の管理もおこない、通常の病棟にいるのと変わらぬケアを受けることができます。苦痛を取り除くことに力を入れており、最期が近い方が入居されています。

 時にご家族が一緒に宿泊することもでき、自由度もある程度保障されているところが特徴といえます。

 ご家族は急変時の救急搬送は望まれていませんが、できる限り苦しみをなくす対処はしてほしいと希望をお持ちです。

 最期を迎える時、人は誰でも最愛の人や物や音楽に囲まれていたいと考えるものではないでしょうか。それはそこに、なにか少しでも希望を見いだそうとする思いがあるからだと考えます。 

 その患者さんにとって、最愛なるものはなにかを、患者さんやご家族と一緒になって見つけ共感することもまた、患者さんのQOLを高めることにつながるのだと考えるのです。

(下山祐人/あけぼの診療所院長)