俳優の草ナギ剛(49)が復讐(ふくしゅう)に燃える主人公を演じる主演映画「碁盤斬り」(白石和彌監督)が17日に公開初日を迎える。日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞に輝いた2020年の「ミッドナイトスワン」(内田英治監督)以来、4年ぶりの主演映画。尊敬する高倉健さん(14年死去、享年83)を意識して撮影に臨んだことを明かし、「新たな代表作になる」と宣言した。(有野 博幸)

 取材に身構える俳優もいるが、草ナギは拍子抜けするほど肩の力が抜けている。雑談にも気さくに応じ、その場の空気を和ませる。インタビュー前の写真撮影では、草ナギが初対面のカメラマンに「今晩、何を食べるんですか?」と話しかけた。「牛丼です」とカメラマン。「牛丼か〜。そういえば、吉野家とか最近、行ってないな〜。つゆだく、ねぎだく、生卵付きがいいよね。ビールも頼んじゃう? それ絶対に太るパターンだよね!」と声を弾ませ、上機嫌で写真に納まった。周囲の誰一人、緊張させない人だ。

 まるで「マン、マン、マンゾクー」と歌って踊る「1本満足バー」のCMで見せるハイテンションが続いているようだ。最初の質問は映画の話題を考えていたが、急きょ変更。「草ナギさん、明るいですよね。落ち込むことはあるんですか?」と聞いた。

 「落ち込むことはまず、ないね。僕は明るいんだよね。昔から明るいけど、もっと明るくなった。生きていることが楽しくて仕方がない。子供に戻ってきている感じ。子供の頃って、夏休みとか、朝起きた瞬間からワクワクして楽しいでしょ。あれが毎日、続いている感じ。最高に幸せだよね。『あ〜疲れた〜』とか、全然ないんだよね」

 ギター、デニム、ブーツ、革ジャンなど多彩な趣味が明るさの原動力だ。「大人になると、誰かがいないとつまらないとか、あれがないとつまらないとか、あると思うけど、僕の場合はそれがない。もちろん仕事も楽しくやるし、今も家に帰ってギターを弾くことが楽しみでワクワクしている」

 7月に節目の50歳を迎える。「もちろん体力の低下は感じるけど、それも楽しみ。老化する自分を楽しむのが、人生の醍醐(だいご)味だと思っている。楽しみながら、年齢にあらがっていきたい」。究極の前向き人間だ。

 有言実行の人でもある。映画「ミッドナイトスワン」は公開初日から「草ナギ剛の代表作」と宣言。母性愛に目覚めたトランスジェンダーという難役を見事に演じ、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を獲得。複数回観賞する「追いスワン」という言葉も生まれ、社会現象を巻き起こした。

 「有言実行というか、何の根拠もなく、見切り発車で『代表作』って宣言したんだよね。言ったもん勝ち。とりあえず言わないことには始まらない。幸運のエントリーだから。シュートを打たないと、絶対にゴールは決まらないからね。言っておけば言霊で現実になるんです。『言い過ぎ』って怒られることもあるけど、怒られるくらいがいい」

 冤罪(えんざい)事件に巻き込まれた浪人の柳田格之進を演じた時代劇映画「碁盤斬り」は公開前だが、早くも「新たな代表作」と宣言した。「囲碁を題材にした、ありそうでなかった時代劇。囲碁棋士は人さし指と中指で碁石をはさんでクルッとしてパチンと打つんですよね。自宅の枕元にも碁石を置いて練習しました。指先に棋士としてのグルーブが出ている。ぜひ指先まで注目してほしい」

 ポスターは復讐に燃える横顔が印象的だ。「まるで別人だよね。僕じゃないみたい。撮影で高倉健さんのことを考えていたから、健さんが舞い降りてくれた」。撮影は京都・太秦にある東映と松竹の撮影所で行われた。「おこがましいけど、寡黙な役だから、健さんだったら、どう演じたかなと考えた。だから、自分には出せないような魂が宿っている。この顔は自分だけではできない」

 高倉さんの遺作となった「あなたへ」(降旗康男監督、12年)で共演した日々を思い返した。「富山の宿舎で健さんに朝食に誘われて、緊張しすぎてコーンフレークに牛乳ではなく、オレンジジュースを入れちゃった。それくらい緊張したけど、健さんに演技のこと、役のこと、役者としての情熱をたくさんお聞きした」

 その中でも「君には、今回の役は小さいね」と言われたのが印象に残っている。「もっと大きな役ができるという期待を込めて励ましてくれた。『次も一緒にやろう』と言ってくれて、それもうれしかったな」

 中学時代から芸能活動を始め、SMAPの一員として長く音楽、バラエティー、ドラマ、映画と幅広く活躍。現在は「俳優の草ナギ剛」と紹介されることが多くなったが、「役者が本業です、という感じでもない」。3月に最終回を迎えたNHK連続テレビ小説「ブギウギ」では作曲家の羽鳥善一を好演した。「僕の中に音楽の要素があるから『トゥリー、トゥー、ワン』が生まれたし、あの演技ができた。逆に役者をやっているから音楽に感情を込められる」

 「35歳くらいが演技の転換点。その頃から台本を読まなくなった」。全く読まないわけではなく、考え過ぎないということだ。「生身の人間を演じるわけだから、台本を読んでばかりいても演技は良くならない。監督や共演者とご一緒して、自分は何も考えないようにする。それでも人間だから何かしら考える。全体像をざっくりつかんで、現場でその日のエネルギーを使い果たす。35歳くらいから、そういう感じになった」

 目指すのは高倉さんの存在感だ。「あれほどスクリーンで存在感のある人はいない。演技どうこうという次元じゃない。存在自体がすごい。僕もそんな人になりたい」。現在はNetflix映画「新幹線大爆破」の撮影中。かつての高倉さんと同じ役柄を演じているが、「こちらには健さんが、降りてきてくれないんだよね…。あたふたしながら、やっています」と笑った。

 あらゆる経験を前向きなエネルギーに変換した草ナギは、50歳を目前にして充実の日々を過ごしている。

 ◆草ナギ 剛(くさなぎ・つよし)1974年7月9日、埼玉県出身。49歳。88年から2016年までSMAPに所属し「僕シリーズ3部作」や「任侠ヘルパー」(09年)、「銭の戦争」(15年)など主演ドラマ多数。SMAP解散後は稲垣吾郎、香取慎吾と新しい地図で活動。近年はNHK大河ドラマ「青天を衝け」(21年)、映画「サバカン SABAKAN」(22年)などに出演。