渥美清主演、山田洋次監督による日本映画の金字塔"「寅さん」シリーズ"こと、「男はつらいよ」シリーズ。全国を旅しながらテキ屋稼業を生業とする"フーテンの寅"こと車寅次郎(渥美)が、ふらっと生まれ故郷の東京・葛飾区柴又に戻ってきて、何かと騒動を巻き起こす人情喜劇で、毎回旅先で出会った"マドンナ"に惚れつつも失恋してしまうという恋愛模様を描く。1969年の第1作から1995年の第48作までが制作され、渥美が他界したことにより一度は打ち切りになるもファンからの熱いラブコールに応えるかたちで1997年に特別編が、2019年に新作が制作された全50作の人気シリーズだ。そんな中で、ファンから屈指の人気を誇る作品が第25作の「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」(1980年)だろう。

渥美清と浅丘ルリ子が共演した人気作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」
渥美清と浅丘ルリ子が共演した人気作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」

(C)1980松竹株式会社

同作品は、再編集と新撮を加えて制作され、第49作として公開された「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」(1997年)の基となったもの。マドンナには、第11作「―寅次郎忘れな草」(1973年)、第15作「―寅次郎相合い傘」(1975年)に続き、浅丘ルリ子演じるリリーが登場する。

寅次郎が柴又に帰ってくると、「とらや」に速達の手紙が届く。手紙はリリーからで、沖縄で入院しており最期に一目寅次郎に会いたいという内容だった。寅次郎は急ぎ沖縄へ向かい、リリーが入院している病院に駆け付ける。寅次郎との再会に涙を流して喜ぶリリーは、寅次郎の献身的な看病もあり次第に回復。退院後、2人は沖縄の漁師町で一緒に生活を始める。夜は別々の部屋で寝ていたものの、2人は穏やかな生活で心を通わせ、周囲から夫婦に見られるほどだった。そんな中、リリーから結婚を匂わせる発言が飛び出すが、寅次郎は照れくささからごまかしてしまう。寅次郎の煮え切らない態度が引き金となり大げんかしてしまった翌朝、リリーは寅次郎を置いて本土へ戻ってしまう。リリーを追い、漁船に乗って島伝いに鹿児島まで出て、鹿児島から鉄道で柴又に帰ってきた寅次郎は、「とらや」の面々からリリーとの結婚を強く勧められ、彼女との結婚を決心する。数日後、柴又でリリーと再会した寅次郎は「俺と所帯を持つか」とプロポーズするも、リリーは冗談ととらえて受け流してしまう。

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「とらや」での家族とのやり取りや、寅さんのすぐに他人と仲良くなるコミュ力の高さ、寅さんの子供っぽくて勝手でわがままなところ、それを疎ましく思いながらもつい世話を焼いてしまう周りの人々との交流など、シリーズに共通して描かれる「男はつらいよ」の醍醐味もさることながら、同作では寅次郎とリリーの心を通わせていく姿が一番の見どころといえる。

互いを思いやって手に手を取って支え合う幸せな時間と共に、ちょっとしたボタンの掛け違いから気持ちがすれ違い、プライドが邪魔をして本音が言えないまま衝突してしまう場面など、直接的な言葉を使わず、台詞と一緒に表現される言葉の裏にある本心を巧みに描きながらシーンを重ねていく脚本と演出はさすがで、それをしっかりと映像に落とし込む渥美と浅丘の演技がすばらしい。

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シリーズ3度目の共演ということもあり、2人が織り成す寅次郎とリリーの距離感が絶妙。結婚秒読みの恋人のような瞬間もあれば、共に相手の本心を探るあまり自分からは関係を進ませる一歩が踏み出せない不器用さ、"夫婦ではない"という関係が故に本音をぶつけられないもどかしさなど、互いのプライドや体裁が邪魔をして素直になれないという大人ならでは恋模様を繊細に描き出しており、観る者に「なんで今そういうことを言うの?」「素直になれ!」「今、踏み込め!」などとつい言いたくなるような没入感を抱かせる。本音とは裏腹な言葉を発してしまうところからすれ違っていく様を、相手には感じさせないようにしながら観客には伝えていくという高度で繊細な芝居で展開していく姿は、「これぞ役者!」と思わず手を叩きたくなるほどで、観賞しながらどちらにも感情移入してしまう不思議な吸引力を発している。

体裁を取り繕いながらも状況が悪化してしまい、結局はタイミングが合わずに結ばれないという切ない恋物語の中で、一見すると大味な演技の裏に隠された本音を繊細に描き出す2人の掛け合いに心を震わせられてみてはいかがだろうか。

文=原田健

放送情報

男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
放送日時:2024年3月18日(月)18:30〜
チャンネル:衛星劇場
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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