年間を通じて計3回、各学期1週間の体験入学を通じて子どもたち同士の交流を深める。2022年度から糸魚川市が取り組む親子ワーケーション〈シー・ユー・アゲイン・プロジェクト〉。受け入れ校のひとつである根知(ねち)小学校では、これまで7人の子どもたちが親子で市内に滞在してきました。自然体験を求めて訪れ、現地の子どもたちと一緒に学び、四季のイベントにも参加。新しい土地で新しい人間関係を育む、全国でも珍しい取り組みです。このユニークなプロジェクトはどのように生まれ、学校現場や参加親子のみなさんはどんな価値を見出しているのでしょうか。

20人の小さな学校に体験入学。
新しい刺激を与え合う

日本海沿い、新潟県の最西端に位置する糸魚川(いといがわ)市。世界有数かつ世界最古のヒスイの産地であり、全域がユネスコ世界ジオパークに指定されています。そんな山にも海にも恵まれている自然豊かな地に、全校児童20人の糸魚川市立根知小学校(以下、根知小)はあります。学年の垣根なく全員が兄弟姉妹のように仲良しだという学校に、現在3人の児童が体験入学中です。

東京から北陸新幹線を使って、約2時間でアクセス可能な糸魚川市にある根地小。周りは田んぼと山に囲まれています。

2年生、4年生、5年生の3人は、東京都や茨城県から参加。国語や生活、音楽の授業をのぞいてみると、子ども同士声を掛け合う姿が見られます。1学期に続く2回目の体験入学とあってか、すっかり打ち解けているよう。「また会えるのが楽しみだった!」という在校生は、うれしそうにはにかみます。

次回の全校遊びについて考える“クラス会議”中の4年生。
5・6年生の音楽の授業では、バンド演奏に挑戦していました。

親が市内の温泉付き施設でリモートワーク中に、子どもは勉強と自然体験を両立できる。そんな「親子ワーケーション」の環境に魅力を感じ、2021年度にモニターツアーを実施し1組の親子が参加しました。取り組みが開始された2022年度には3組の親子が参加。うち1組は、2023年度にも継続して体験入学中です。

糸魚川市教育委員会・こども教育課の植木靖英さんは、「少人数の学校だからこそ、外部からの風がいい刺激になっている」と話します。

「根知小への体験入学は、1学期、2学期、3学期にそれぞれ1週間、計3回訪れる年間プロジェクトです。大きな特徴として、ここならではの季節のイベントを体験してもらいます。1学期には、2016年にあった大火(糸魚川市大規模火災)を教訓とした防災学習デーがあり、2学期には糸魚川市の国指定重要無形民俗文化財の“おててこ舞”をみんなで鑑賞。3学期にはスキー教室があります」

教室の窓から校庭越しに見える田園風景。

根知小の児童たちは、小さい頃から家族のように仲良し。あうんの呼吸でわかりあえる空気があります。そこに、バックグラウンドのまったく違う体験入学生が入ることで、「どんな風に伝えたらわかりやすいだろう」と相手の立場に立って考える機会が生まれるといいます。

「少子化で、触れ合う子ども同士の数が減っているからこそ、体験入学生の存在は刺激と気づきになる。『あの子は〇〇の勉強がよくできるから、自分もやらなくちゃ』『来学期に会うときまでに、これを教えられるように頑張ろう』などと、新しい目標を見つける子どももいます」(植木さん)

糸魚川市教育委員会・こども教育課の植木さんの役割は、児童たちに安心して過ごしてもらうための土台づくり。根知小と連携し必要なものを用意したり、1週間の体験入学を出席と認めてもらうよう送り出す教育委員会と調整したりしています。

その刺激はもちろん、体験入学に来た児童にも広がっています。根知小では、少人数ゆえに、2つ以上の学年をひとまとめにした「複式学級制」がとられています。1・2年生の国語の教室では、先生が1年生に直接教えている間は、2年生は漢字を学習。体験入学生にとって、普段の学校の授業では先生主導ですが、根知小ではこうした自主性も求められます。

複式学級中の2年生。先生が1年生を見ている間、在校生と体験入学生同士、「できた?」「次はここをやろう」と話しながらどんどんページをめくっていきます。

2022年度には、体験入学生の首都圏の学校と根知小をビデオ通話でつないで、お互いの学校の様子を紹介し合い、交流が広がったこともありました。また、リモートワーク中の親御さんに「キャリア教育」の授業をもってもらい、自分の仕事内容や働き方について子どもたちに話してもらったこともあったといいます。

「体験入学の3人は、児童数の多い学校から根知小に来ています。少人数の弊害はもちろんありますが、先生と1対1で会話する時間が多かったり、ひとりひとりのペースを大事に授業が進められたりと、いいところも多い。根知小では、上級生が下級生の面倒を見ることも当たり前なので、異学年交流から学べることも多いのではないかと思っています」(植木さん)

取材に訪れた日は、糸魚川、根知谷に古くから伝わる「おててこ舞」の準備に、一部の子どもたちが“公休”で加わっていました。準備を終えた子どもたちと、授業を終えた子どもたちが楽しそうに談笑。学年の垣根は感じられません。

年3回訪れるからこそできるつながり

そもそも糸魚川市が親子ワーケーションの取り組みを始めたきっかけは何だったのでしょう。プロジェクトを推進する、糸魚川市産業部の宮路省平さんは、「学校現場と行政、そして、仕事と子育ての両立に課題を抱える当事者みんなの思いが重なった」と話します。

プロジェクトの立ち上げからかかわる宮路さん。

「プロジェクト発足の起点は、人口減少が進むなか、県内外いろんな人のかかわりを増やしたいという思いでした。糸魚川市は、全域がユネスコ世界ジオパークに認定されていて、教育資源の豊かな地域なんです。化石探しやヒスイ拾いを通じて子どもたちは地質を学び、その間に親はリモートワークでワーケーションをする。そんな取り組みができないかと模索していたところ、長崎県五島市が“体験入学できる親子ワーケーション”を実践していると知りました」

フリーランスや会社員として働く親御さんとの出会いもあり、「仕事があって子どもになかなか自然体験をさせてあげられない」「地方への出張先で子どもへの学びの機会があったらいいのに」という声も多かったそう。

そこで、糸魚川市でも実施できないかと教育委員会に提案したところ、「1回の体験入学だけではもったいない」という返答があったといいます。年3回同じ子どもが来てくれたら、思い出も交友関係も深まるのではないかとプロジェクトの方向性が決まりました。

子どもたちともすっかり打ち解けている宮路さん。

「学校の先生たちも、行政で働く私たちも、子どもたちが減っていることに危機感があります。何とかしなくては、糸魚川市から子どもがいなくなってしまう。新しい一歩を踏み出そうという思いが重なり、2021年度からプロジェクトがスタートしました」(宮路さん)

始めてみると、体験入学の子どもたち同士が仲良くなり、親御さん同士がつながり、「スキー大会に一緒に出ましょう」とステイ期間外に糸魚川を訪れるケースも生まれました。年3回にわたって滞在するからこそできた関係性に、宮路さんも手ごたえを感じています。

学校が終わると、ワーケーション先の宿泊施設に戻ってくる子どもたち。虫を取りに行ったり鬼ごっこをしたり、元気に外を走り回ります。

「一度に受け入れられる人数に限りがあるので、これからも継続して、市内の受け入れ校を増やしていけたらいいなと思います。糸魚川で四季を味わい、子どもたちの記憶に楽しい思い出が残れば、いずれ『また旅行で行ってみよう』『長期滞在してみよう』と思うきっかけになるかもしれません。糸魚川の魅力を知る人たち、そして子どもたちのつながりを、ここから広げていきたいと考えています」(宮路さん)


都会ではできないことを、四季を通じて体感する

東京都目黒区から小学2年生の遊戈(ゆうか)くんと親子ワーケーションに参加している庭野由季さんは、「子どもの自然体験を求めて、たまたま目にしたのが糸魚川だった」と話します。

「夏休みの予定を決めようかと調べていたら、糸魚川市が親子ワーケーションをやっていると知りました。子どもは雪遊びが大好き。新潟にはスキー旅行で訪れたことがありました。糸魚川市は初めての地でしたが、普段と違う学校での勉強はいい体験になると思いましたし、年3回来れば四季の違いも感じられます。どこでも周りに馴染める性格の子だったこともあり、参加を決めました」(庭野さん)

遊戈くんからは「先生が自分の話をじっくり聞いてくれる!」とうれしそうに報告があるといいます。

「東京の小学校は、1クラスの人数が多くて毎日賑やか。いろんな子どもと遊べる良さはありますが、根知小の、少人数でゆとりある学びの場もとてもいいなと思います。自然体験のスケールの大きさも、ここならでは。広い畑で野菜や花を育てられることなど、すべてが新鮮みたいです」(庭野さん)

学校から戻ってすぐにオニヤンマを捕まえた遊戈くん。

東京都渋谷区から参加した若林大崇(ひろたか)さんは、虫が大好きな小学4年生の碧(あおい)くんに「都会ではできない体験をしてほしい」と参加を決めました。

「親子ワーケーションだから、親が仕事をしながら、子どもを近くで見守ることができる。体験入学期間も出席日数として認められ、勉強を継続できる点も安心です。
入学初日は先生から声をかけてもらって馴染んでいったようですが、新しい環境で自分のことを知ってもらうためにはどうすればいいか、自分なりに考えて周りに話しかけるようになり、自主性がついたなと感じます。放課後には根知小の子どもたちがホテル近くまで遊びに来てくれるようになったり、地元の方に話しかけられるようになったりしています。新しい場所で人間関係をつくっていく姿が頼もしいです」(若林さん)

とにかく虫が大好きな碧くん。自分で目覚ましをかけて、朝4時には虫探しに出かけていくのだそう。「好きなことに夢中になれる環境がすごくうれしそう」と若林さんも笑顔を見せます。

夜には、「おててこ舞」に出かけた3人の子どもたち。舞楽が奉納される日吉神社で、根知小の子どもたちと合流し、初めて見る舞楽をじっと見つめていました。

地元のお祭りと聞いて「屋台はあるかな……」と話していた子どもたち。屋台は出ていなかったけど、初めて観る伝統芸能に釘付けの様子でした。

普段通う都心の小学校とは、自然環境も友だちも、放課後の過ごし方もまったく異なる根知小での滞在期間。「それぞれ違って、両方とも好き」という子どもたちの言葉に、親子ワーケーションを通じて“2つの居場所”ができる教育的価値に気づかされました。

さらに、受け入れ側の児童たちとの交流を重ねることによって、都心からの児童たちだけでなく、お互いに新しい学びを見つけるのかもしれません。

Information

シー・ユー・アゲイン・プロジェクト

web:シー・ユー・アゲイン・プロジェクト

credit  text:田中瑠子 photo:やまひらく