新潟市内に、“日本最古の保育園”があることを知っていましたか? 
それが、130年以上地域の子どもたちの成長を見守り、これまで1万人以上の園児を送り出してきた〈赤沢保育園〉です。
園の大きな特徴のひとつが、園出身の保育士が多いこと。現在、6人の卒園児が保育士として働いています。長い歴史のなかで、どんな思いを大事にして子どもたちに向き合ってきたのか。また、どんな子どもたちが育つのか。〈赤沢保育園〉の魅力に迫ります。

地域とのつながりから生まれた開放的な園舎

新潟駅から車で約10分。閑静な住宅街にある〈赤沢保育園〉は、日本最古の保育園として1890年に誕生しました。

大きい窓から子どもたちの様子が見える〈赤沢保育園〉。2020年に新しい園舎が誕生しました。

創業者は赤澤鍾美(あかざわあつとみ)さん。現在、理事長を務める赤澤泰子さんの曽祖父にあたる方です。戦後の貧しかった当時、小学校教諭だった鍾美さんは子どもたちの勉強を助けたいと私塾を開設しました。すると、小学生の子どもたちの多くは小さな妹、弟たちを連れてやってきました。未就学児の彼らを保育する場がないことに気づいたことで、自然発生的に〈赤沢保育園〉が誕生したといいます。

「〈赤沢保育園〉の原点は、法人名の『守孤扶独(しゅこふどく)幼稚児保護会』という名前に込められています。孤児を守って、ひとり親を助ける。時代背景は変わりましたが、働く保護者のみなさんが安心して仕事に向かえるように保育を担うことが、私たちの役割だと考えています」(赤澤さん)

理事長の赤澤泰子さん。

保育園が建つのは、かつては子どもが多かったという下町エリア。最近は子どもの数が減ってしまい、近所の人は子どもたちの元気な声が聞こえる〈赤沢保育園〉の存在を歓迎しているといいます。

「園舎建て替えの際にしばらく別の場所で運営していたのですが、近所の方たちは寂しがってくれて。ありがたいことですよね」(赤澤さん)

現在、〈赤沢保育園〉には0〜6歳まで、85人の園児が新潟市内から通っています。3年前に改修した園舎は、木のあたたかさを感じる開放感のある空間。広々とした玄関では、毎朝晩、送り迎えに来る保護者と保育士との会話が弾みます。

陽が入る明るい玄関。一部が可動式になっていて、靴を脱いだあと子どもたちが移動しやすくなっています。

園長の小林恵さんは、園舎の設計には地域とのつながりや、保育士全員の思いが詰まっていると話します。

「設計を担当したのは、新潟大学工学部出身の建築家です。〈赤沢保育園〉と新潟大学工学部は古くから関係があり、“赤沢保育園の土地を活用した理想の保育園設計を考える”というワークショップの課題に、代々学生たちが向き合ってきたんです。園舎の改修では、建築家さんと何度も意見を交わし、こだわりの詰まった今の園舎が生まれました」(小林さん)

園長の小林恵さん。

窓の大きなつくりは、「送り迎えに来る保護者の方や、近所のみなさんからも子どもたちの元気な様子が見られるように」と考えられた設計です。

散歩中の犬も立ち止まって、窓越しにしっぽをふったりするそう。

また、0〜1歳児が給食を食べる部屋と調理場をつなげ、調理師と保育士の会話がとりやすいような動線にこだわりました。

「0〜1歳児はとくに、ひとりひとりの成長に合わせて給食の内容が細かく分かれており、食物アレルギーもそれぞれです。『〇〇くんの食事は、今週から普通食になりましたよ』など、必ず口にして確認し、ミスなく安全に配膳していく。そのために、調理師との距離の近さは欠かせない要素だと考えています」(小林さん)

調理師から担任に、直接給食を受け渡してもらいます。
食事内容のチェックは正確に。ごま油など目に見えない原料にも細心の注意を払っています。

木のぬくもりがあふれる園舎を、子どもたちははだしで自由に動き回っています。あたたかみを感じる木材を使っているのは、〈赤沢保育園〉が“はだし保育”を大事にしているから。足の裏に直接刺激を与えることで、運動機能や頭脳の発達を高める効果が期待できるのだといいます。

「土踏まずをつくり、身体をしっかり支えられる足腰を鍛えています。また、はだしで過ごしていると、足の裏から得られる情報の多さに気づかされますよね。『今日は床がジメジメしているな』『ガサガサしているから少し汚れているのかな』など、日々の小さな変化を足の裏から感じ取り、豊かな感覚を養ってほしいと思っています」(小林さん)

木の床の心地よさを感じながら、子どもたちは1年中はだしで過ごします。

かるた遊びを通じて、
正しい日本語を学んでいく

園内を見ていると、子どもたちの名前がすべて「漢字」のまま表記されていることに気づきます。名札もすべて、漢字の本名。ここに〈赤沢保育園〉ならではの子育ての方針があります。

「園の特徴のひとつに、『漢字かるた』遊びがあります。かるたに書かれているのは漢字を含めたことわざ。『石の上にも三年』『二兎を追ふ者は一兎をも得ず』などと先生が読み上げると、子どもたちは驚くようなスピードで取っていきます。子どもたちにとって、漢字は、具体的な意味や内容を表す“絵”に近いもの。目で理解する機会を増やし、言葉を楽しく学んでほしいと思っています」(赤澤さん)

正座をして取り組む、漢字かるた遊び。
難しい漢字が書かれたかるたを、遊び感覚で次々と取っていきます。

この教育方針のベースにあるのは、教育学博士の石井勲氏が提唱した「石井式漢字教育法」。「幼児期の言語教育が、人の能力を大きく飛躍させるカギとなる」という石井氏の信念に感銘を受けた先代が、〈赤沢保育園〉でも取り入れるようになったといいます。

「漢字の読み書きを“勉強する”ということではなく、遊びのなかで、目に触れて、自然に日本語を覚えていってほしい。それが、かるた遊びを大事にしている理由です。
かるたで覚えたことわざを、子どもたちが普段の生活のなかで『今のが、っていうことだよね!』と突然口にすることもあり、彼らの吸収力にこちらが驚かされます。卒園生からは、『国語や読み書きが得意になった』『漢字が好きになりました』という言葉ももらうので、続けていることに意味があるんだなと感じています」(小林さん)

園舎のさまざまなところで目にする漢字表記。

かるた遊びの前には、「腰骨を立てます」と、みんなで背筋を伸ばして目をつむり、心を静める時間をつくります。ほんの数秒の短い時間ですが、この時間をつくることで、話を聞くときには自然に静かになり耳を傾ける姿勢が身につくのだそう。

「見学に来た保護者の方からは、『こんなに小さな子どもでも、椅子に座って話を聞けるんですね』と驚かれることもあります。かるた遊びを通して日本語の知識が増え、言葉を理解する力も高まるので、自然と、子どもたちが保育士の話をよく聞くようになっています」(小林さん)

身体測定中の園児たち。

卒園生が保育士へ。
保育の輪が次世代につながっていく

〈赤沢保育園〉の大きな特徴のひとつが、園出身の保育士が多いことです。
現在、調理師や保育士などを含め〈赤沢保育園〉で働くスタッフは26人。そのうち6人が卒園生なのだといいます。「当時お世話になった先生が、今では頼れる先輩であり同僚」というケースもちらほら。勤続30年以上の経験豊富なベテラン保育士から新米保育士まで、年齢層の幅広さも〈赤沢保育園〉の特徴です。

「長く働いているスタッフが多いからか、卒園生が『先生に会いに来たよ』と定期的に顔を出してくれるんです。地域に根差している保育園で、卒園生と先生たちの関係性が途切れることなく続いているからこそ、保育士として戻ってきてくれるのかなと思っています」(小林さん)

2023年に新卒で入った保育士の蕗谷柊斗(ふきやしゅうと)さんもまた、「子どもの頃にお世話になった先生と一緒に働きたい」と〈赤沢保育園〉を志望してきました。

1年目の蕗谷さん。「この仕事がしたい!と唯一思えた職業が保育士だった」と笑います。

「父は単身赴任で母は遅くまで働いていたので、僕はいつも祖父母に連れられて〈赤沢保育園〉に通っていました。ふたりの姉とともに、姉弟3人全員お世話になり、いつも園庭を走り回っていました。園を卒業して小学生になると、5つ下の従兄弟と遊ぶようになり、『小さい子と遊ぶのって楽しい』『自分に向いているかも』と思うようになりましたね」(蕗谷さん)

中学生になると保育士の職場体験をする機会に恵まれ、蕗谷さんは明確に「保育士になりたい」と考え始めたといいます。 ではどこで働きたいかと思ったとき、すぐに浮かんだのが〈赤沢保育園〉でした。

「大学の実習先で〈赤沢保育園〉を選ぶと、サポートしてくれたり熱心に話を聞いてくれたりする、周りの先生方の姿勢がとてもあたたかかった。この先生たちから学びたい、一緒に働きたいと思いましたね」(蕗谷さん)

子どもたちの作品を展示する「作品展とバザー」は、地域の方など誰もが参加できるオープンな場になっています。
今年度の作品展に向けて、思い思いの作品づくりに取り組む子どもたち。

働く保護者や子どもたちを取り巻く環境は日々変化しています。
だからこそ、週1回の全スタッフとの職員会議は欠かさず、子どもたちの細かな状況を共有し合っているといいます。

「子どもたちの性格特性や成長スピード、食物アレルギーの有無など、ひとりひとりの理解を確認し合っていなければ、思わぬミスや事故につながってしまう。『わかっていても声をかけあう』という姿勢は徹底しています」(赤澤さん)

最近の新たな取り組みは、保護者のみなさん限定でYouTube配信をスタートしたこと。運動会の様子を動画で発信したところ、多くの反響があったので、これからは給食の様子をライブ配信するなど、新たな試みを始めていきたいと話します。

ぽかぽかの園庭で遊ぶ乳児たち。

「保護者のみなさんが、園での子どもたちの様子を感じながら安心して仕事に向かえるように、私たちも変化を続けていきたいと思っています」(赤澤さん)

創業時からの“守孤扶独”の精神を大事にしながらも、時代に合ったサポートや情報発信に力を入れている、日本最古の〈赤沢保育園〉。地域とつながり、地域に受け入れられているこの場所から、また、どんな卒園生が巣立っていくのかが楽しみになりました。

Information

赤沢保育園

web:赤沢保育園

credit  text:田中瑠子 photo:やまひらく