演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、ミュージカル『カム フロム アウェイ』をピックアップ。


人の温かさが光を与える、9.11のサイドストーリー

「YOASOBIの『アイドル』すごかったなあ……」などと、前夜の「紅白歌合戦」の映像をボーッとリプレイしながらのんびりしていた元日に、いきなり起きた能登半島周辺の大地震。翌日、その惨状を伝えるニュースに釘づけになっていたところへ、突如インサートされた日航機炎上事故の生中継。いずれも激烈かつ、まったく他人事ではない類いの天災と人災で幕をあけた2024年。この2日間のことは、きっとこれからも正月を迎えるたびに思い出すことになりそうだ。

 21世紀が始まった年に起きたアメリカ同時多発テロのニュースも、最初は何が起きたのかまるでわからないまま、ライブ映像から目が離せずにいたものだった。この時、ハイジャックされた旅客機がビルに激突したことでアメリカの領空は一斉に閉鎖され、アメリカの空港に向かっていた世界中の航空機が、ルート変更を余儀なくされた。カナダ北東部にはそのうち38機もの航空機を受け入れた空港があり、隣接する人口1万人の町ガンダーには、7000人近い乗客乗員が数日間逗留することとなり、大騒ぎになった。その時の実話を元に、なんとカナダのクリエイターがミュージカルを創り、それが評判を呼んでブロードウェイ上演まで成し遂げたうえに、トニー賞のミュージカル演出賞まで受賞したというのも、なかなか瞠目に値するリアル・サイド・ストーリーではある。

 訳もわからないまま目的地でない国の空港に着陸し、数十時間機内で待機した後に見知らぬ町に滞在することになった乗客たちも気の毒だけど、突然人口が約2倍となり、観光客でもない多様な言語や宗教の異邦人(come from aways=遠くから来た人々)が現れたのを迎え入れ、数千人分の宿泊や食料の手配に奔走したほうも、相当大変だったはず。なかには個人的に自分の家に泊めてあげたり、バーベキューパーティを開催したり、航空機の貨物室に残された動物たちの世話を買って出た人もいたそうだ。しかも彼ら/彼女らは、厚意に感激した相手からのお礼を、一切受け取らなかったという。

 こうした乗客たちと町の人々の間に起きたさまざまなエピソードを、12人のキャストのみで、各自がひとり何役も兼ねながら約100分間で一気に見せるのが、このミュージカルの魅力。さらに本邦初演の日本版は、12人全員が、ふだんの舞台では主役を演じているような超豪華キャスト揃いである点も見逃せない。

 起きたことは悲惨極まりない。でもこうした温かい出来事もあったという記憶と、それが時を経て人を癒やす物語に昇華することは、救いと言っていいのだと思う。

カム フロム アウェイ

脚本・音楽・歌詞=アイリーン・サンコフ、デイヴィッド・ヘイン 
演出=クリストファー・アシュリー ステージング=ケリー・ディヴァイン
出演=安蘭けい、石川 禅、浦井健治、加藤和樹、咲妃みゆ、シルビア・グラブ、田代万里生、橋本さとし、濱田めぐみ、森 公美子、柚希礼音、吉原光夫(五十音順) 他
3月7日(木)〜29日(金) 日生劇場 ※大阪、愛知、福岡、熊本、群馬公演あり
(問)ホリプロチケットセンター TEL:03-3490-4949