伊藤若冲《果蔬図巻》寛政3年(1791)(部分)福田美術館蔵

若冲といえば江戸時代を代表する画家。鶏などの動物画をはじめ、人物や植物までさまざまなモチーフを自由自在に描き出しました。色彩や構図の大胆な表現は、令和の今も人々の心を惹きつけています。

今回、ヨーロッパで新たに見つかったのは《果蔬図巻(かそずかん)》という若冲の巻物。3メートル近い横長の巻物に、野菜や果物が約40 種類も描かれています。

伊藤若冲《果蔬図巻》寛政 3 年(1791) 福田美術館蔵

本作は 2024年10月に開幕する展覧会「開館5周年記念:京都の嵐山に舞い降りた奇跡! 伊藤若冲の激レアな巻物が世界初公開されるってマジ?!」にて、一般公開される予定とのこと。

これに先駆けて、3月5日(火)の記者発表で本作を拝見してきました。この記事では、実物と対面した筆者が、見てほしいポイントをお伝えしたいと思います!

伊藤若冲ってどんな画家?

伊藤若冲《果蔬図巻》寛政3年(1791)(部分)福田美術館蔵

伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう、1716-1800)は江戸時代中期の画家で、独自の色彩感覚による鮮やかな色づかいや、大胆な構図などに特徴があります。「奇想の絵師」とも呼ばれ、近年、再評価が進んでいます。

国宝の《動植綵絵》がよく知られているとおり、鶏などの動物画のイメージが強い画家ではないでしょうか。しかし、実は人物や植物などいろいろなモチーフを描いています。実物の魅力に忠実でありながらクリエイティブな作品が多く、卓越した観察力と描写力がうかがえます。

果蔬図巻(かそずかん)を見てみよう!

そんな若冲が76歳のときに描いたのが、《果蔬図巻(かそずかん)》です。

3月5日(火)記者発表で果蔬図巻を広げる岡田学芸課長

本作のサイズは、縦 30.5cm×横 277.5cm(跋文部分 54.5cm を加えると横 332.2cm)で、横は3メートルに近い長さ。唐辛子やカボチャをはじめ、私たちにも馴染み深いものからあまり身近ではないものまで、約40種類の野菜と果物が描かれています。

若冲とはいえ、「野菜と果物の絵を見ても、感動できる自信ないなあ……」と思った方もいらっしゃるのでは。私も、本作を直に目にするまではそう思っていました。

伊藤若冲《果蔬図巻》寛政3年(1791)(部分)福田美術館蔵

ですが、これが本当に素晴らしくて……! 緑や赤、黄色、所々に青系の色と、鮮やかな色を使いながらも全体的には調和しています。華やかながら落ち着いた印象もあり、若冲の絶妙な色彩感覚がうかがえました。

絹の上で色が混ざり合う綺麗なグラデーションや、果実の表面の手触りまでも伝わってくる点描の表現など、細部には若冲の技が光りに光っています。自然の美を描き出す流れるような線も、見ていてとても心地が良かったです。

伊藤若冲《果蔬図巻》寛政3年(1791)(部分)福田美術館蔵

若冲の作品にはリアリティがありますが、リアルとは少々違うように思います。本物の魅力を的確に捉えて増幅させ、美の領域に高めている、と言えるでしょうか。

それは果蔬図巻も同様で、野菜と果物のユニークな形や色の魅力が存分に引き出されており、見応えのある作品になっています。「さすが若冲〜!」と唸らずにはいられませんでした。

どうして「奇跡」の発見なの?

伊藤若冲《果蔬図巻》寛政3年(1791)(部分)福田美術館蔵

「京都の嵐山に舞い降りた奇跡!」「伊藤若冲の激レアな巻物」と同館が展覧会名に掲げているとおり、果蔬図巻の発見は奇跡と言っても過言ではありません。美術が好きな人が嬉しいだけでなく、学問的にも意義深いのですね。

本作の翌年、若冲は「菜蟲譜(さいちゅうふ)」(佐野市立吉澤記念美術館所蔵・重要文化財)を描きました。野菜や果物に加え、昆虫や爬虫類も描かれた作品で、描かれている野菜や彩色方法などに共通点が見られるそう。

果蔬図巻と菜蟲譜を比較することで、新たな発見があるかもしれません。

伊藤若冲《果蔬図巻》寛政3年(1791)(大典直筆の跋文の部分)福田美術館蔵

また、果蔬図巻の跋文(ばつぶん、巻物の終わりに書かれた文章)は、相国寺の僧・梅荘顕常(大典)の直筆です。若冲と深い親交があった大典は、

・若冲の果蔬図巻は素晴らしく、果物や野菜の形を極め、色を備えている
・浪速の森玄郷のために若冲が制作した
・森玄郷と会ったのは約30年ほど前で、若冲と共に訪れたことがある
・森玄郷が亡くなったあと、息子の嘉続が大典に跋文を依頼した
・交流のない若冲に思いをはせて、絵の素晴らしさを述べる

など、当時のことを跋文に記しました。

伊藤若冲《果蔬図巻》寛政3年(1791)(部分)福田美術館蔵

森玄郷や嘉続がどのような人物なのかは調査中だそうですが、依頼主が確定する作品は極めて珍しいのだとか。若冲の画業を考える上でも大きな意味のある発見と言えそうです。

【まとめ】この秋は果蔬図巻を見に京都へ行こう

福田美術館学芸課長 岡田秀之氏

同館学芸課長である岡田秀之氏は、「一つ一つ彩色が施された果物や野菜は、若冲の確かな観察眼と優れた描写力によって描かれている」とコメントされています。

また、同館によると、奇想の画家として若冲の再評価にいち早く取り組んだ辻惟雄氏は、「色の対比をきちんと考えた彩色が興味深い。初々しさを感じる」と評したそう。

専門家の視点でも、私のような美術が好きな人の視点でも、本作の発見は大変嬉しい出来事です。

伊藤若冲《果蔬図巻》寛政3年(1791)(部分)福田美術館蔵

本作の一般公開は、10月に開幕する展覧会「開館5周年記念:京都の嵐山に舞い降りた奇跡! 伊藤若冲の激レアな巻物が世界初公開されるってマジ?!」を予定されています。

秋といえば嵐山の紅葉も美しいシーズン。若冲の果蔬図巻の鑑賞をメインイベントに、秋の京都を満喫してはいかがでしょうか?