“100年に一度の変革期”として、JR長崎駅前を中心に再開発が進む長崎県。観光産業の伸びが期待されている同県では、2024年1月に九州初、国内で9番目となるマリオットホテルとして「長崎マリオットホテル」が開業した。

 同ホテルはJR長崎駅ビルの7〜13階にあり、28室のスイートを含む207室を備える。長崎港と長崎市のランドマーク的存在の稲佐山(いなさやま)が見られる眺望をウリとし、いたるところに“長崎らしさ”を散りばめたローカライズを戦略の柱としている。

 21年に長崎駅西口にオープンした「ヒルトン長崎」が4室のスイートルームを備えているのに対し、長崎マリオットホテルはその7倍の数を持つ。だが、同ホテルの担当者によると「富裕層だけをターゲットにしているわけではない」という。

 現地を訪れ、長崎マリオットホテルのビジネス戦略を聞いた。

●「グローバル」と「ローカル」の融合がコンセプト

 長崎マリオットホテルは、JR九州がオーナーを務め、JR九州ホテルマネジメントが運営を担っている。マリオットホテルと提携した狙いについて、JR九州は「長崎市における100年に一度のまちづくりの中で、選ばれる21世紀の交流都市というビジョン実現のために外資ブランドホテルの機能が必要だと考えた」と説明した。

 5カテゴリ13タイプのゲストルームとスイートがあり、エグゼクティブラウンジやカンファレンスルームも備える。「世界品質のナガサキホスピタリティを全てのゲストへ」をミッションに掲げ、ゲストに長崎らしい体験を届けるための仕掛けを多く取り入れているという。

 長崎マリオットホテル セールス&マーケティング部の柳孝彬(ユウ・ヒョビン)氏は、「グローバルとローカルの融合を表す『グローカル』をキーワードとして、マリオットホテルの中で最もローカライズしたホテルを目指したいというのが当社の意向です」と話した。

 ホテルの外観は客船をイメージしており、館内のインテリアやアートワークは長崎の地形や自然、文化などを反映している。

 館内施設には、オールデイダイニングの「Harbella(ハーベラ)」、バーラウンジの「The Azurite(アズライト)」、専門レストランの「Teppanyaki De jima(テッパンヤキデジマ)」「Sushi De jima(スシデジマ)」、スイーツなどを提供する「Grab & Go(グラブ・アンド・ゴー)」がある。

 レストランで利用する食材は基本的に6割以上が長崎県産で、長崎市のブランド和牛である「出島ばらいろ」や、長崎にしかない柑橘類の在来品種「ゆうこう」を餌として使用した真鯛などを使ったメニューを提供する。

●ウリは「眺望」、7割の部屋がバルコニー付き

 長崎マリオットホテの部屋は約7割がバルコニーを備えており、「一番のウリは“眺望”だ」とセールス&マーケティング部 部長の窪田尚樹氏は話す。稲佐山と長崎港の両方が見渡せる景色は見応えがあるので、眺望に関する問い合わせが多いそうだ。

 13階にはエグゼクティブラウンジ「M Club(エム クラブ)」があり、日本国内のマリオットホテルでは初めて24時間営業となる。利用できるのは、エグゼクティブとスイートの宿泊ゲスト、及びマリオットグループが提供するロイヤルティプログラム「マリオットボンヴォイ」の会員のみとしている。

●ターゲットは富裕層だけじゃない

 長崎マリオットホテルはスイートルームが多いことから、富裕層から支持されそうだ。だが、「富裕層だけをターゲットにはしていない」とユウ氏は話す。

 「地元の方にも『インバウンドの富裕層向けのホテル』と誤解されやすいのですが、私たちはローカルの良さを最大限に取り入れて、地元の方にも愛される施設を目指しています。スイートも富裕層の方だけでなく、記念日など特別なタイミングで多くの方に利用していただくことを想定しています」(ユウ氏)

 メインターゲットは国内外の観光客だが、ビジネス利用の顧客にもアプローチしたい意向がある。

 「長崎はリゾートホテルやシティホテルと比較してビジネスホテルの数が多く、国際会議も行われる『出島メッセ長崎』もあります。企業のエグゼクティブ会議やインセンティブツアー(企業が報奨として行う旅行のこと)での利用も見込んでいます」(窪田氏)

 これまでの反響を尋ねると「想定どおり」だという。

 「開業前から全世界のマリオットボンヴォイ会員さま(マリオット系列のホテル会員)の宿泊が多いだろうと予想していて、これは想定どおりでした。具体的な数字は非公表ですが、当ホテルの完成を待ち望んでいた会員さまが多くいたのだろうと思います」(窪田氏)

 全世界のマリオットボンヴォイの会員数は1億8000万人を超えており、九州初のマリオットということで期待値が高いのかもしれない。窪田氏によれば、直近の長崎の観光客におけるインバウンドの割合は約6%で、10%を超えていた19年と比較して少ない。そうした状況もあって、これまでのところ長崎マリオットホテルの宿泊者は国内ゲストが中心だという。

 筆者が訪れた2月初旬は、国内の家族連れや女性グループのほか、数人の外国人も目にした。専門店レストランは、平日でもランチ利用が満席となるなど反響ぶりがうかがえた。

●長崎単独ではなく、「九州」を売りたい

 日本政府観光局(JNTO)によれば、23年の訪日外客数は2500万人を突破し、19年比で78.6%まで回復している。長崎もインバウンド需要の回復が見込まれていて、筆者が長崎(島原半島と長崎市内)に滞在した3泊4日の間にも、アジアを中心に訪日観光客をたびたび目にした。

 とはいえ、今の長崎が訪日観光客を引き付けているかといえば、断言できないのが現状だ。

 「10%を超えていた19年の長崎のインバウンドシェア(観光客数における訪日外客数の割合)が一つのベンチマークで、もう少し回復させたいところです。県全体でインバウンド需要を増やそうと施策を打っているので、訪日観光客が増えるのは自然な流れであり、当社もその波に乗りたいと考えています」(窪田氏)

 長崎県では、さまざまなインバウンド施策を実行している。教育や文化観光を軸とした周遊ツアーの提案したり、周遊パスなどの企画乗車券を販売したり、クルーズ客船の誘致したり。自社で長崎観光の魅力を押し出すにあたり、窪田氏は「長崎だけを売りにするのは難しいだろう」との考えを示した。

 「インバウンドセールスの戦略としては、長崎だけをアピールするより『九州』として売ったほうがインパクトにつながるのではないかと。例えば、大分では福岡と組んで周遊をお得に回れるキャンペーンなどを実施しています(※)。長崎も同様のことができると考えています」(窪田氏)

 「施設そのものは非常に良いものができあがったと考えています。市内には新たな駅ビルや出島メッセ長崎、さまざまなホテルが誕生するなど、長崎全体として来訪者を受け入れる体制が整いつつあります。これらの魅力をどうアピールしていくかは課題であり、行政をはじめ地元の企業とも協業していかなければなりません」(窪田氏)

 長崎市では、ジャパネットグループが主導する長崎スタジアムシティが24年秋に開業予定だ。スタジアムを中心にオフィスやホテルも備える同施設は、長崎マリオットホテルからすると競合ともいえるが、窪田氏は「まずは長崎に人を呼び込むのが先であり、地元の盛り上がりをポジティブにとらえている」と話した。

 同ホテルを成功に導くための課題をJR九州にも尋ねると、「地方都市において安定した集客は、容易ではありません。グローバルスタンダードの安心感にローカルな魅力を備えたホテルを目指し、さまざまな企画や発信を続けていく必要があります」とコメントした。

 長崎マリオットホテルの登場により長崎の観光産業にどんな経済効果が現れるのか、注目したい。

(小林香織)