政府が創設した10兆円規模の「大学ファンド」初の支援対象候補に選ばれた東北大学。 同大の大野英男総長は、電子が持つ磁石の性質(スピン)を利用する半導体技術「スピントロニクス」研究の第一人者でもある。

 大野総長は2011年に「希薄磁性半導体における強磁性の特性と制御に関する研究」で「トムソン・ロイター引用栄誉賞(ノーベル賞有力候補)」を受賞した。スピントロニクスを応用した半導体は、消費電力の大幅な低減やデータ処理の高速化ができ「産業界のゲームチェンジ技術」と期待されている。

 そんな大野総長は、生成AIの動きをどう見ているのか。生成AI時代に大学はどんな役割を果たせると考えているかを聞いた。前編、中編に続きお届けする。

●生成AI時代 大学はどんな役割を果たせるか

――東北大は23年5月、全国の大学に先駆けて生成AIの業務活用を始めました。大野総長は、生成AIの可能性をどう見ていますか?

 本学は、生成AIのベースとなる大規模言語モデル(LLM)の研究で、日本有数の研究者のグループを有しています。元Googleの鈴木潤言語AI研究センター長のリーダーシップもあり、多彩な研究活動をしています。

 生成AIは極めて大きなインパクトを社会にもたらしています。その開発も利用もとどまるところを知りません。AIが社会に浸透すると、倫理や法制度も含めたルールメーキングが極めて重要になるのはご存じの通りです。教育も変わっていきます。

 同時に非常に多くの電力が消費されるようになります。私はAIが発展する上での課題の一つに、エネルギーや物理的な限界があると考えています。情報処理をいかにして省エネにするか。これは、これからの肝になるでしょう。

――そう考えると大野総長が研究してきた「超省電力」のスピントロニクス半導体は、まさしく産業界のゲームチェンジ技術となりそうですね。

 一般的には、物理的な限界を十分に考えずに、テクノロジーがどう発展していくかを考える傾向があります。ただ私は、最終的にエネルギーの問題をいかに克服するかが、テクノロジーの将来を決めると見ています。

 生成AIについては、もう一つの疑問があります。なぜあんなにアンストラクチャード(構造的でない)な情報を供給することによって、あたかも知性のあるような応答ができるのかということです。学内の専門家もそれは良く分かっていないと言います。先日、人工知能を専門とするチリツィ・マルワラ国連大学学長と話をしたとき「AIは過去の情報を組み合わせているだけなので、新しいものではない」としていました。

 ですが良く考えると、われわれ人間もいろいろな課題や現実に直面して、過去の情報を組み合わせて問題を解決しているわけで、それがわれわれの知性の基本形といえると思います。人間が何かに気付くときや、何かを発明する瞬間でも、そういう組み合わせによって解決している場合が多いのではないでしょうか。そのときに、われわれ人間の知性と、AIが発展させつつある知性とは、本質的に何が違うのか。この問いには、まだ誰も答えられていないと思います。

――確かに人間とAIの知性の違いについては、全容が解明されているとはいえないですね。電力消費の問題に加えて、今後も注目が集まりそうです。

 23年11月には英国政府が「AI安全サミット」を開きました。安全や規制の問題をクリアしながら、上手に使っていく必要があるのは確かです。ただ、今のような基本的な問いを正面に据えることがないと、これから何が起ころうとしているのか、人間の将来との関係をどう考えたらいいのかという意味で、正しい答えや予測ができないと思っています。

 それはさまざまな研究や教育の現場を見ながら世界の人たちと話していると、良く感じることです。人間の知性と、AIの知性はどこが違うのか。本質はまだ分かっていないのではないでしょうか。

 「深層学習の父」と呼ばれるジェフリー・ヒントン氏は、AIが「人類の脅威」だと指摘しました。その根拠の一つは「(AIが)コピーを作れる」ことなんですね。一つのことを学習したら、それを100万でも1000万でも1億でもコピーできる。蓄えた知見も一瞬にしてシェアできてしまう。

 一方われわれ人間は、そうはいかないですよね。知識を次の代に伝えるには教育と個々人の成長が欠かせません。その中で、少しじれったい形ですが、人類は知性を進化させてきました。

 大学の役割は、このようなAIに関する基本的な問いを、社会と共に解いていくことにあります。どんな規制をするかまで含めて、社会で使っていく形を考えるとともに、本質はどこにあるかを解明していく。そんな役割を担うと考えています。

 私たちに課された使命は、それを大学の中だけに閉じずに社会と共に明らかにしていくことだと思います。まさに一つの研究の姿です。本学の初代総長である澤柳政太郎は「東北大学はこの点(研究)に於いては(世界の)何れの大学にも退けを取らざる覚悟」だと言い、建学の理念の一つ「研究第一主義」の礎を築きました。

 AIもまさしくそうですが、卓越した研究がなされているからこそ、社会と共に新たな時代を切り拓(ひら)くことができますし、その人材育成も含めて社会から信頼していただけるのです。

●「THE日本大学ランキング」で4年連続1位に選出

――東北大は英国の日刊紙「タイムズ」が発行する「Times Higher Education(THE:タイムズ・ハイヤー・エデュケーション)」の「THE日本大学ランキング」で4年連続1位に選出されています。

 教育に焦点を当てた本ランキングで高い評価を得たことは、私たちが進めてきた教育に関する取り組みが、外部から見ても良いものであったのだと心強く思っています。ランキングを意識して活動をしているわけではありませんが、国際性に関しては特に力を入れています。THEには4つの評価項目があるのですが、中でも国際性で高い評価を得ています。

 本学では19年に、留学生や日本人、海外の学生が一堂に会して、グローバルな問題を議論し多彩なテーマに取り組む「国際共修ゼミ」を始めました。最初は十数クラスでしたが、今では70クラスになり、学生からも人気を博しています。

 開始して1年後にコロナ禍になりましたが、早い段階でテクノロジーの力を取り入れました。海外の学生も含めてメタバースを使う授業を20年度に始めるなど、学生が国際感覚を磨きながら成長する場を常に作り続けている点は、評価されたと思っています。

 国際混住型学生寄宿舎「ユニバーシティ・ハウス」もあります。最も新しいユニバーシティ・ハウス青葉山は定員752人、ユニバーシティ・ハウス全体で1720人分の部屋があります。大学院生も含めた本学の学生数1万8000弱のうち、1割程度が入居していることになります。大体2年ぐらいで交代する仕組みにしています。

 8LDKで寝室は個室ですが、リビングルーム・ダイニングルーム・キッチンは共用です。学生は時に摩擦も経験しながら「国際性とは何なのか」を肌感覚でもつことができます。留学生にとってはみそ汁の匂い、日本人にとって多様な料理やイスラム教の習慣などに生活を通じて接することで、お互いに対する理解が深まり、グローバルな視点や行動が身に付くのです。このような国際的視点を養う教育を重要視しています。

――東北大は開学の理念の一つに「門戸開放」を掲げ、1907年の開学から6年後の13年に黒田チカ、丹下ウメ、牧田らくという3人の女性の学生を日本で初めて受け入れました。ダイバーシティーを100年以上前から重視していたといえますし、今の時代にも通ずるところですね。

 大学が社会と共創し未来を形づくるには、ダイバーシティーは不可欠です。ジェンダーのバランスも取れていなければなりません。多様な物の見方がないと、社会を発展させていくことはできませんし、多様な物の考え方ができる組織でなければ、社会にインパクトを残せません。本学は国際卓越研究大学の応募の際に「未来を変革する社会価値の創造(Impact、インパクト)」を掲げています。これを大きな流れにしていく意味でも、多様な見方が絶対に必要です。

 国際卓越研究大学は25年間のプログラムです。四半世紀後を見据えつつ、Impactと「多彩な才能を開花させ未来を拓く(Talent、タレント)」、そして「変革と挑戦を加速するガバナンス(Change)」で掲げた多様かつ多彩な取り組みが既にスタートしていることを、少しでもお分かりになっていただけたらうれしく思います。

 これらの取り組みが成果をあげる中から、多様かつ多彩な人材が巣立っていく。それこそが21世紀型の研究大学である東北大学の姿です。ご期待ください。

(アイティメディア今野大一)