日本一利用されている空港は、どこでしょう?――この問いに、ほとんどの方が迷うことなく「羽田空港(東京国際空港)」と即答するだろう。

 東京都大田区の沖合を埋め立てて造られた羽田空港は、都内であれば武蔵村山市に匹敵する広大な敷地に4本の滑走路を擁し、1日約500便が発着。国内だけでも49空港と結ばれている。アクセスの良さから「都心にもっとも近い空港」として利用者にも選ばれ続けている。

 年間の利用者は5075万人、2位の成田空港(年間1541万人、22年度)に大差をつけており、あらゆる数値で国内トップの座は揺らぎそうにない。

 しかし同時に、羽田空港は「日本一、かつ世界有数に過密な運用を行う空港」でもある。4本の滑走路に最大で1時間90本が離着陸するというこの空港は、米・アトランタ空港、UAE・ドバイ空港に続き、混雑度で世界3位にランクインしている(23年・英国オフィシャル・エアライン・ガイド調べ)。 このままの状態が続くと、運航の面でも集客の面でももろもろと問題が生じる。

 国(国土交通省)は羽田空港を拡張しつつ、さまざまな手を打っているものの、羽田空港への一極集中はむしろ進み、解消の見通しは立っていない。なぜ各航空会社は、一様に羽田空港への就航を目指すのか。首都圏の各空港の現状や、今後の見通しを探っていこう。

●なぜここまで羽田に集中? 背景に2つの理由

 08年、規制改革会議は「首都圏での発着枠100万回」(羽田空港50万回、成田空港40万回、その他10万回)が掲げられ、羽田空港以外の拡張を行ってきた。その後各地で空港の改修・拡張が進んでいるものの、航空会社は相変わらず、羽田空港の発着枠獲得を優先して動いている。

 国内便・国際便ともに羽田空港への就航が集中する理由は、おおまかに2つ。「利便性の良さ」「羽田発着そのものが利益になる」ことに他ならない。

 羽田空港から都心部への移動は「東京モノレール」「京急空港線・成田スカイアクセス」(都営浅草線などに乗り入れ)などで、移動距離は15キロほど。ビジネス街や観光地など、ほとんどの拠点に20〜30分ほどで到達できる。

 「国を代表する都市への最寄り空港」として見れば、中国の北京大興国際空港(都心まで約46キロ、鉄道で約50分)、韓国の仁川国際空港(都心まで約60キロ、鉄道で約43分)などより、中心街へのアクセスは早くてラクだ。

 この利便性のおかげで、羽田空港はハブ空港としても人気を保ち、発着枠は「1枠当たり売上100億円、利益ベース10億円を出せる」「日本の国内航空需要の6割が羽田路線」という試算が出るほどの価値を保ち続けている(※)。

※:「羽田空港の発着枠配分の課題―競争入札による市場メカニズム導入の可能性―」(小野展克、名古屋外国語大学論集 第4号 2019年2月)

 過去に羽田空港の発着枠が拡大した際も、いまのスカイマーク、ソラシドエア、エアドゥの源流となる会社が次々と参入しており、発着枠そのものが利益、かつ業界の起爆剤ともいえる状態だ。過度な競争を避けつつ、限りある発着枠を分配するために、羽田空港の場合は5年ごとに見直しが行われている。

 一方で、1978年に開港した成田空港(成田国際空港)は、開業当初の名称「新東京国際空港」からも分かるように、「東京国際空港」(羽田空港)に代わる役割を担っていた。「5本の滑走路」「2300ヘクタールの敷地面積」「成田新幹線で都心まで最短30分」「24時間運用」という当初の構想が実現していれば、今の羽田空港の代替を担い、過密状態をある程度解消することができただろう。

 しかしさまざまな事情で、構想の多くは実現しなかった。2010年に開業した「成田スカイアクセス線」でも都心まで50〜60分はかかり、東京から遠い問題はなかなか解決しない。

 成田空港は発着枠に空きはあるものの、かねての「利用が見込める時間の発着枠だけ埋まっている」状態は変わらない。立地的にグランドハンドリング(航空機の誘導やカウンター業務を担う)要員が集まりづらく、人員不足で増便要請を断るなど、新たな悩みの種も増えているという。

●「新しい成田空港」構想

 政府もかつては「国際線は成田、国内線は羽田」(内際分離)という原則で成田への分散を行っていたものの、07年に打ち出された「アジア・ゲートウェイ構想」では、好立地を生かした羽田空港の拡張・活用が行われ、必ずしも成田空港への分散にこだわらないようになっている。この構想発表後の、羽田空港・成田空港の拡張策を見てみよう。

 羽田空港は「アジア・ゲートウェイ構想」発表後、10年に新滑走路(D滑走路)の新設で発着枠増加。14年にも昼間の国際線の増加に踏み切った。20年3月には新宿・品川の上空を通過する離着陸ルートを設定し、発着枠(発着できる本数)を暫定で増加させた。この「暫定運用」は、現在も続いている。

 羽田空港はおそらく、これ以上の拡張が難しい。これまで海上空港という立地を生かして「埋め立て→新滑走路」という拡張を繰り返してきたものの、東側では既に東京湾の航路近くまで埋め立てが進んでおり、何より上空の空域が足りない。

 羽田空港から都心へのアクセスは「羽田空港アクセス線」(羽田空港駅〜東京駅、31年度開業予定)建設でさらに便利になる予定だが、肝心の発着枠増加は、もはや「手持ちのカードを切りつくした」感がある。

 一方で成田空港は、羽田空港の代役を担うべく、3本目の滑走路(C滑走路)建設や、B滑走路の延伸などの準備を進めている。構想通り発着容量を年間30万回から50万回に引き上げることができれば、羽田空港の代替をある程度担うことができるだろう。

 さらに、今後の改修のもう一つの目玉は、3本の滑走路の中心部に拠点を置く「ワンターミナル化」だ。

 滑走路を横並びに作り、ターミナルを設ける羽田空港のような配置ではなく、円状に滑走路を配置し、中央にターミナルを作るというこの構造は「とりあえず中央部に移動して!」と案内でき、利用者にとって分かりやすい。近年では中国・北京大興国際空港がこの構造を採用しており、日本でも諸事情でその名を知られる世界的建築家のザハ・ハディド氏の独特のデザインが目を引く。

 成田空港はいま、3つの旅客ターミナルと付随する施設がバラバラに設置されており、利用する側は分かりづらい。管理する側にとっても非効率で、かつ老朽化も進んでいるという。全てをまとめて「ワンターミナル」にリニューアルすることで、分かりやすく、今より効率よく運営できる、というわけだ。

 しかしワンターミナル構想自体は「令和6年度内を目標にとりまとめる」状態であり、まだまだ議論の最中。新しい「C滑走路」の整備も近くを流れる高谷川の排水設備工事にかかったところで、あと4〜5年はかかりそうな状況だ。

 なお千葉県は、羽田空港の拡張を伴う「アジア・ゲートウェイ構想」に25市町村が意見書を提出し、羽田空港の拡張をけん制するような動きを見せたことも。やはり「羽田拡張」より「成田空港のリニューアル」を推進する立場にあり、熊谷俊人・千葉県知事が「『第二の開港』ともいえる重要なプロジェクト」と発言するなど意欲を見せている。

 成田空港の滑走路増設・ワンターミナル化の成否は、すでに民営化済の成田空港を千葉県がどれだけ後押しできるかが課題となりそうだ。

●「首都圏第3空港」の可能性 4つの事例から占う

 過密な羽田空港から航空便を分散させるため、羽田・成田に次ぐ「首都圏第3空港」構想」が各地で持ち上がり、実際に国土交通省が候補地からのヒアリングを行っていた時期もある。

 しかし、いまも「首都圏第3空港」といえるものは誕生していない。各地の事情を見てみよう。

茨城空港〜羽田分散を担えなった「自称・首都圏第3空港」

 羽田・成田に次ぐ首都圏の空港「茨城空港」の年間利用者は59.5万人と、羽田・成田には全く及ばない。茨城県はこの空港を「首都圏第3空港」と位置付けているものの、やはり、東京の都心から90キロも離れ、最寄りの鉄道駅(JR常磐線・石岡駅)からのアクセスはバス(かしてつBRT)のみという、「都心から遠すぎ問題」で、航空会社・利用者の支持を得られていない。

 近年では、アクセス改善の切り札として「つくばエクスプレス」延伸・乗り入れが検討されたものの、採算性の問題で建設への検討を打ち切っている。

 航空自衛隊・百里基地と滑走路を共用(軍民共有)するがゆえの規制も悩ましい。23年10月まで「民間機の発着は1時間に1本」という制限を受けており、過去には民間機より航空隊の訓練スケジュールが優先されるなど、何かと規制やしがらみも多いのだ。

 もっとも茨城空港は建設当初から、ターミナル・設備をLCC(格安航空会社)仕様に振り切っており、国内のLCC航路が就航していない羽田空港の代替はあまり望めなかっただろう。開港4カ月前には橋本昌・茨城県知事(当時)から「ANA・JALはダメにしても、他があるから」(09年12月10日・定例会見)と匙(さじ)を投げたような発言も出ていた(09年12月11日、茨城新聞参照)。頼みの綱であった国際線LCC「エアアジア」の進出も、滑走路の強度の関係で大型機(エアバス・A330など)が頻繁に離着陸できないという事実が判明、すんでのところで誘致に失敗。せっかくの空港を、思うように集客につなげることができていない。

調布飛行場〜都心に激近も「拡張の余地なし」

 ほか東京都内には、伊豆諸島への航路の拠点「調布飛行場」がある。しかし800メートルしかない現在の滑走路を拡張しようにも、北側の多磨霊園と西武多摩川線、南側の中央道・調布ICとの調整が必要となってしまう。

 何よりこの周辺はすっかり宅地化されており、ジェット機の発着に必要な1500メートルへの拡張は相当に難しい。

多摩地区「米軍横田基地」 都心から38キロ、滑走路長も十分だが……

 東京都の多摩地区西部にある「米軍横田基地」は都心から38キロ、現在でも3350メートルの滑走路があり、米軍・自衛隊と民間の航空会社で活用する「軍民共用化」が長らく検討されている。

 歴代の都知事の中でも石原慎太郎・猪瀬直樹の両知事が、ことあるごとに「羽田・成田の拡張より、横田基地の活用を」と主張。東京都都市整備局のWebサイトには、いまも「軍民共用化の早期実現に向けて取り組んでいます」との文言があり、年額1000万円程度の調査予算(「日本空港コンサルタンツ」に委託)も毎年のように割かれている。

 しかし、昭島市・瑞穂町の反対が根強く、長らく裁判で争われている騒音問題の解決は難しい。一方で、武蔵村山市が「民営化によるターミナル誘致」を前提とした賛成に回ったり、福生市が年間約30億円(一般予算の9.7%、令和4年度)にものぼる基地関連の交付金が「なくなっては困る」という立場で反対意見(交付金しだいで立場が変わる?)を示すなど、地元の反応は必ずしも「反対」ばかりでもないようだ。

 ただ実際には、開港前・開港後ともに、米軍のルールに従う必要がある。ロシア有事などで横田基地の重要性が増している現状では、軍民共有化は「一見実現しそうだが、ほぼ不可能に近い」状況といえる。

「空港なし県」それぞれの動き

 羽田・成田・茨城の3空港のお膝元をのぞいた「空港なし県」は、神奈川・埼玉・栃木・群馬の4県。うち、神奈川県は「首都圏第3空港」を諦めたのち、羽田へのアクセス道路を改善するという「羽田連絡道路」構想を提唱。2022年に開通した「多摩川スカイブリッジ」は、羽田空港と川崎市をものの数分で結ぶ。

 ほか、埼玉県・群馬県の10市町が、24年1月に「県境への空港整備を検討している」と発表したばかり。具体的な内容は何も決まっていないため、実現するにしてもあと十数年はかかる。

 成田空港の拡張、各県の空港構想などさまざまな動きがあるが、「羽田空港の需要を分散できる空港は、当面開港しそうにない」「羽田空港のこれ以上の拡張も難しい」ということは変わりない。ターミナル機能の改善や、都心へ連絡する鉄道・バスの整備で「羽田以外」の魅力を高め、航空各社に移ってもらう以外、打つ手がなさそうだ。