アンゾフの成長マトリクスは、将来の成長に向けて、事業や製品をどのように進化させていくかを検討するためのフレームワークです。社の製品や事業が現在どの位置にあり、将来的にどの領域に移動していくべきかの戦略策定を行う際に役立ちます。

 このフレームワークは「製品」と「市場」の2つの軸で構成され、それぞれを「既存」と「新規」に分類した4象限で表現されます。

 アンゾフの成長マトリクスの戦略は次の4つです。

 アンゾフの成長マトリクスの典型事例としてよく登場するのは、米国のウォルト・ディズニーです。

 ディズニーは、アニメーション映画を成功させた後((1)市場浸透)、全世界に市場を拡大しました((2)市場開拓)。その後、映像コンテンツだけではなく、登場キャラクターのグッズ製品開発やストア運営を行い((3)製品開発)、テーマパークの運営へと多角化しました((4)多角化)。

●使い方

 アンゾフの成長マトリクスは、事業や製品を将来の成長に向けてどのように進化させていくかの戦略(成長戦略)を検討するフレームワークです。

 成長戦略を検討するためには、自社事業のコア・コンピタンスを把握することが重要です。そのため最初に、(1)市場浸透に「現在自社で持続している既存事業と現在自社で持続している既存事業と製品製品」を書き込みます。ここに書き込んだ成功している製品から、自社の強み(技術力・デザイン性・顧客基盤など)を確認するとよいでしょう。

 例えば、自社の強みが高い技術力を有する製品の場合は、その技術をコアにして新しい市場で受け入れられる製品を作ることができないかを検討します((2)市場開拓)。

 同時に、すでに成功している製品が特定の顧客基盤を持っている場合は、その顧客に新しい製品を提供できないかを検討します((3)製品開発)。ここで、象限(2)象限(2)と(3)は常に同時に検討する必要があります。

 (4)多角化とは「現在の製品ラインと、現在の市場構造から同時に離れること現在の製品ラインと、現在の市場構造から同時に離れること」です。

 つまり、自社で今まで作ったことのない製品を作り、未経験の市場に参入することを意味します。多角化は非常にリスクが高いので、基本的には行いません。あくまでも最終手段の1つとして覚えておいてください。

 アンゾフは「新市場の開拓や新製品開発を検討する際は、自社のコア・コンピタンスに注目するだけではなく、長期的なトレンドも考慮する必要がある」と述べています。長期的なトレンドとは、具体的には、今後の経済動向や政治動向、業界特有の動向(制度や業界標準の変化など)、製造コストの動向などです。

●事例・参考例(1):富士フイルム

 富士フイルムは、本業の苦境から逆転成長した成功事例の1つです。

 1999年に、ニコンが国内メーカー初のデジタルカメラを発売して以来、フィルム式カメラや撮影用フィルムの需要は急激に下降しました。そこで富士フイルムは、主力事業のコア・コンピタンスを見極めて、他の市場と他の製品へ転用する戦略を実行しました。

(1)市場浸透

 まず、既存市場の主力製品には「ポラロイドカメラ」「高性能レンズ」「事務用複合機」があります。

(2)市場開拓

 上記の既存製品が有する高性能撮影技術を医療専用のカメラに転用した場合は、(2)市場開拓(新規市場×既存製品)戦略になります。

 富士フイルムは1930年代からX線フィルムを作っているため、医療業界で必要となる画像について知識の蓄積がありました。そこで、レントゲン画像のデジタル化や、医療用のデジタル内視鏡カメラを開発し、そうしたデジタル画像データを管理するシステムも新たに提供するなどして製品を進化させました。

(3)製品開発

 (3)製品開発(既存市場×新規製品)の成功例としては、撮影機材を作る過程で生成される材料から開発した新製品があります。

 例えば、写真を現像する際に用いられる「フォトレジスト」という液体材料は、スマートフォンなどに内蔵される半導体の電子材料として新たな製品になりました。

 また、従来のカメラに内蔵されていた小型の液晶パネルを大型製品にすることで、サイネージ広告や案内パネルが生まれました。

(4)多角化

 2007年に富士フイルムから発売されて話題になった化粧品「アスタリフト」は、フィルム製造技術を用いて開発された製品であり、(4)多角化(新規市場×新規製品)の成功例です。

 この化粧品は、紫外線から肌を守り、コラーゲン成分の劣化を抑制する加齢対策に効果があるものです。実は、写真フィルムの主成分はコラーゲンであるため、ここで蓄積された技術や成分を化粧品に転用することで、まったく新しい製品ラインと市場開拓に成功したのです。現在では、コラーゲン劣化抑制のサプリメントにも製品ラインを広げています。

 下図は、2022年度の富士フイルムの事業ポートフォリオです。

 (1)市場浸透にあたる既存のフィルム・カメラ事業(イメージング)は、連結売上の13.2%にあたります。

 (2)市場開拓や(3)製品開発にあたる「マテリアルズ」や「ビジネスイノベーション」は合計で全売上の55%にまで成長しました。

 そして(4)多角化にあたる「ヘルスケア」は全体の31.8%に成長しています。

●事例・参考例(2):ワークマンの製品・市場戦略

 建築現場などで着用する作業服を専門的に製造・販売するワークマンは近年、新たな顧客獲得と新製品の開発によって成長を続けている企業です。

 店舗の売上合計は2017年3月期の742億9100万円から2021年3月期の1466億5300万円と、4年間で50.7%も成長しています。その背景には、外部環境に合わせた新市場への製品提供と、既存市場での持続的な新製品開発戦略があります。

 ワークマンが専門としていたのは過酷な業務環境でも破れない、丈夫で安価な作業着です((1)市場浸透)。

 昨今では、その製品の耐久性に注目したバイク愛好者やアウトドア好きの顧客がSNSなどでワークマンの製品を紹介することで、一般顧客への認知が高まり、販売を押し上げました。また、業務服を日常着に取り入れる女性顧客が「ワークマン女子」として話題になる現象も起こりました。こうした顧客ニーズを受けて、ワークマンはアウトドアやスポーツ専門の新ブランドを立ち上げました((2)市場開拓)。

 一方で、既存の専門市場では、扇風機を組み込んだ作業服などの機能性を追求した新製品を継続的に開発しています((3)製品開発)。2021年には、専門作業服とは市場がまったく異なるスーツも発売しました((4)多角化)。

●ワークマンの成功要因

 ワークマンの成功要因は「丈夫な服」「低価格」という自社のコア・コンピタンスに徹底的にこだわり、顧客の声をいち早く取り入れて製品戦略・市場戦略を策定してきたことです。

 従来の専門店(663店)や「WORKMAN Plus」(222店)に加えて、SNSでの女性からの注目を背景に2020年10月には「#ワークマン女子」というコンセプトストアもオープンしました。

 顧客発のブームは、企業にとっては予想外のことも多く、採用が難しいケースもありますが、予期せぬ現象が起こったときにも、アンゾフの成長マトリクスを用いて検討することは有用だといえます。

(安岡寛道、富樫佳織、伊藤智久、小片隆久)