Amazonの「薬局ビジネス」に対して、生成AIがどう役立っているかご存じでしょうか? AmazonといえばECのイメージが強いですが、実は2020年以降、医療ビジネスに積極参入しています。

 例えば22年7月にはヘルスケアサービス企業である米One Medicalを約39億ドル(約5900億円)で買収し、ヘルスケア分野への取り組みを拡大する意向を示しました。この買収には、米国の医療保険制度やかかりつけ医制度といった背景の下、診察予約や薬の受け取りなどのプロセスを改革し、さらに遠隔医療やデジタルヘルスツールを通じてサービスを拡張することが目的とされていました。

●Amazonが薬局ビジネスに注力するワケ

 Markets and Marketsが発表した23年の最新レポートによると、米国のデジタルヘルスケア市場は22年時点で3946億ドルに達し、27年までには9745億ドルの規模に拡大すると予測されています。この要因として、以下のような背景が考えられます。

・コロナ禍による、電子処方箋(しょほうせん)の浸透やオンラインでの遠隔診療の技術の向上

・デジタルヘルスサービスや製品を提供する医療機関の増加

・糖尿病や肥満など、常時監視や長期的なケアを必要とする慢性疾患の増加

・医療保険制度改革法(ACA、通称オバマケア)の導入拡大(オバマケアによって、医療へのアクセスをより便利で安価にすることで、医療機関がインセンティブを得られるようになった。そのため、コスト削減、患者ケアの質を向上させる手段としてデジタルヘルスケアソリューションを導入する医療機関が増加した)

 このような状況を受け、Amazonが20年に開始したのがオンライン処方サービスのアマゾンファーマシーなのです。

●オンライン上で全て完結? アマゾンファーマシーの実力

 アマゾンファーマシーを利用することで、ユーザーはWebサイトや専用アプリから処方薬を注文し、自宅に配送してもらうことが可能です。また、支払いには医療保険も適用できます。従来の方法では、病院で処方箋を発行してもらい、別の場所にある薬局で薬を受け取る必要がありました。このプロセスには時間と手間がかかっていました。

 それに対し、アマゾンファーマシーはこの一連のプロセスをオンライン上で完結できるため、非常に便利なサービスとなっています。さらに、Amazonプライム会員向けにクーポンや無料配送サービスも用意し、既存ユーザーの囲い込みを図っています。こうした取り組みにより、1年間で利用者数を倍増させることができました。

 このようなビジネスモデルから、アマゾンファーマシーは従来の大手薬局チェーンであるウォルマートやコンビニエンスストアにとってのディスラプター(破壊者)になるのではないかと注目されてきました。

 さらに、Amazonはこのサービスを進化させ、ニューヨーク市とロサンゼルスの広域圏で処方薬の即日配達を開始したことを3月26日のブログで発表しました。目的の一つとして、慢性疾患などを持つ患者が継続的に必要な服薬を行わないことで生じるさまざまな問題の解決が挙げられます。

 米国疾病予防管理センター(CDC)の報告によると、慢性疾患の処方箋のうち、20〜30%が薬局で受け取られていません。受け取られた処方箋でも、約半数が指示通りに服用されていないということです。

 このような状況により、年間約12万5千人もの死亡者が出ている計算になります。さらに米国の健康システムには最大3000億ドルものコストが発生しているとされています。つまり、処方薬の不服用が健康面で多大な被害を出しているばかりでなく、経済的にも甚大な影響を及ぼしていることが分かります。

 こうした問題を解決するために、アマゾンファーマシーは顧客に必要な薬がすぐに届く当日配送サービスを開始しました。最短で数時間で薬が届くというスピーディーな当日配送サービスを可能にするために、生成AIと機械学習が用いられているということで、さらに注目を集めています。

 では、具体的にどのような場面で生成AIや機械学習が活用されているのか見てみましょう。

●1. シームレスなオンライン薬局体験のための顧客とのインタラクションのパーソナライズ

 Amazonは、薬の購入時に患者が支払う価格の透明性を重視しています。そこで、大規模言語モデルを備えた生成AIを使い、アマゾンファーマシーのサイトで保険の詳細を入力しなくても、処方薬のリアルタイムの保険見積もりを確認できるリストを提供しています。このリスト上で、さまざまな価格オプションを比較し、最安値で医薬品を購入することが可能です。表示される価格には、推定保険価格だけでなく、Primeの割引、RxPassの割引、自動クーポンなども含まれているため、患者は自分にとって最適な価格を効率よく見つけられるよう設計されています。

 アマゾンファーマシーの技術責任者であるアルベス氏は「LLMが最新の価格を提示するので、顧客に即座に価値を提供でき、より適切な意思決定ができる」と、このサービスの利便性を強調しています。

●2. 医療機関から送られてくる処方箋の読み込み

 日本では、診察が終わると印刷された処方箋をもらい、その処方箋を持って近くにある調剤薬局で薬を受け取るというプロセスが一般的です。しかし、米国では異なる流れになっています。米国では、医療機関を受診する際に、事前に自分の指定する薬局情報をシステムに入力しておきます。そして、診察後に医師がファックスや電話、処方箋ソフトウェアを通して、直接その指定された薬局に処方箋情報を送信するのです。患者はその後、薬局に行き、列に並んで処方された薬を受け取ることになります。

 ここで問題になるのが、医師から薬局に送られた処方箋の情報の読み込みです。中には手書きで情報を送る医師もいて、その場合、薬剤師がその手書きの処方箋を解読して薬を用意するのに時間がかかってしまうことがあります。また、処方箋を薬局に送るのが後回しになると、患者が薬局に行ったときに「あなた宛ての処方箋が医師からまだ届いていません。自分で医師に電話して確認してください」などと言われることもあります。そのような場合、医師に電話をかけてもつながらないことが多く、大幅な時間のロスにつながってしまいます。このように、処方箋が届いていない、または情報の確認に時間がかかるという問題は深刻なのです。

 この問題に対し、アマゾンファーマシーでは、処方箋が届くと、それが手書きであってもオンライン上で入力されたものであっても、AIモデルが一連の事実確認作業を行い、薬剤師が明確で正確な情報を受け取れるようにサポートしています。

 アマゾンファーマシーのフルフィルメント担当ディレクターであるケルビン・ダウネス氏は次のように述べています。「AIは、これまで何時間もかかっていた準備作業を数分、あるいは数秒に短縮し、ミスを減らすことを可能にしました。AIの仕事は薬剤師の役割に取って代わるものではありません。むしろ、薬剤師がスキルを最大限に活用できるようにサポートするものです。AIの力を借りることで、薬剤師は事務的な周辺業務を最小限に抑え、より良い患者体験を提供するという本来の目的にスキルを注ぐことができるのです」

●3. 配達方法の多様性

 アマゾンファーマシーでは処方箋薬の即日配達を実現するために、各都市の状況に合わせて多様な配送方法を採用しています。

 例えば、交通渋滞が多いニューヨークのマンハッタン地区では、環境に優しい電動バイクに乗った配達員が、顧客の家の玄関先まで薬を届けるかもしれません。一方、テキサス州のカレッジステーションでは、空を飛ぶドローンを使って1時間以内に薬を届ける可能性があります。カレッジステーションにはテキサスA&M大学があり、学生を中心とした需要が見込めるためです。

 また、ロサンゼルスやその他の郊外地域では、リヴィアンの電気バンなどの商用電気自動車を使った配送が行われるかもしれません。このように、アマゾンファーマシーではAIや最新技術を活用し、地域ごとの特性を考慮して、顧客が最も必要としている時に確実に処方箋を届けられる最適な配送方法を選択しています。

 Amazonは、こうしたAI主導の戦略に早くから取り組むことで、医薬品配送のスピードと信頼性を高め、競合他社に対する優位性を獲得しています。成長が見込まれる医療ビジネスでのシェア拡大を目指す同社の動きから、引き続き目が離せません。

●著者プロフィール:石角友愛(いしずみ・ともえ) 

パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー

2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。東急ホテルズ&リゾーツ株式会社が擁する3名のDXアドバイザーの一員として中長期DX戦略について助言を行う。

AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。

毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。

著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。