日本初の自作キーボード即売会「キーボードマーケット トーキョー」(略称:キーケット)が、3月2日に東京都立産業貿易センター台東館で開催された。事前販売の入場チケット(1000円)は予定数の1000枚が完売する人気ぶり。果たして会場の様子は? 現地を取材した。

●浅草寺近くの展示室にキーボードファンが集結

 同イベント初の開催地となった東京都立産業貿易センター台東館は、浅草寺から道路を2つ隔てた場所に位置する。日頃から展示会見本市やイベント、セミナーなどが行われている施設で、その7階の半分を使う形での実施となった。

 7階までは4基のエレベーターか階段でのアクセスとなるため、チケット購入者の1000人が一度に集うと混雑が発生する恐れもあった。そのため、運営事務局はWeb整理券制を採用。会場の混雑度合いに応じて番号順に入場可能にしたところ、大きな事故はなく人流をさばけたという。午前11時開場(閉場午後4時)で、1時間後の正午には400番までの来場者が入場可能になっていた。

 出展サークル数は36サークルで、企業ブースが6、事務局ブースが1、共催の自作キーボード専門ショップ「遊舎工房」ブースが1の計44ブース。

 運営事務局メンバーのぺかそさん(@Pekaso)は「次回はより大きな会場も検討したい」と明かした。

●TRONキーボードの中でも設計のみだった“最小配列”を再現

 ここからは筆者が見て回ったブースの一部を写真や動画とともに紹介していく。

 サークル「satromi works」のさとろみさんが出展していたのは、PC向けOS「BTRON」向けのキーボード「TRONキーボード」を自作キーボードで再現した「TL Split Keyboard」シリーズ。

 TRONキーボードの特徴の一つは、左右対称や左右分離という、現代の自作キーボードで流行しているスタイルを設計当時の1980年代に先取りしていたことだ。さとろみさんは、自身がBTRONユーザーであり、TRON作者の坂村健教授の研究室に所属していたこともあり「自作キーボードの技術でTRONキーボードを作ってみたい」という思いでTL Split Keyboardシリーズを製作したという。

 新作として今回販売していたのは、自作キーボードキット「minimum TL Split Keyboard 16mm Rev1」。これはTRONキーボードの中でも設計に留まり、実際に製品販売には至らなかった「TRON最小化配列」を基に製作したものだ。オリジナルの配列との違いは、左右それぞれに方向キーを追加していること。他のTRON配列に搭載されている方向キーが便利であることから、TRON最小化配列の本機にも搭載を決めた。

 キー数は72キー(36キー×2)で、TRONキーボードらしく親指打鍵には左右それぞれ4キーを配置。キーピッチが一般的なキーボードの80%になっている他、配列として縦にキーがずれる「カラムスタッガード」を採用。指の移動範囲が最小になるよう設計されている。

 カラムスタッガードも現代の左右分離型自作キーボードでメジャーなスタイルの一つで、一般的なキーボードの横にずれている配置は「ロースタッガード」と呼ばれる。

●“握る”変形キーボード「GrabShell」に人だかり

 dotBravo(静岡県富士市)は変形キーボード「GrabShell」の販売を行っていた。左右対称、左右分離、トラックボール、ジョイスティック、トグルスイッチ、Bluetoothマルチペアリング、USB Type-C……と自作キーボード的要素をこれでもかと詰め込んだ製品だが、一番の目玉は「握って打鍵する」というスタイルだ。

 そんな特徴に引かれてか、GrabShellを試してみようと同社ブース前には列が形成されていた。

 ITmedia NEWSではすでに吉川記者が東京ゲームショウ 2023で体験済みだったが、キーボードファンの筆者は今回が初体験。普通のキーボードや左右分離型の自作キーボードでは自然にタッチタイピングできる筆者だが、さすがに背面の打鍵はその場でマスターというわけにはいかなかった。

 同社マーケティングディレクターの白井斗真さんは「キーボードはこれだけを使って練習する日を設ければ慣れていくと思う」と話す。白井さんがGrabShellを打鍵するところも見せてもらった。

●押下状態を無限段階で得られる「自作磁気式キースイッチ」

 サークル「famichu」のfamichuさんは、自作の磁気式キースイッチ「MagLev Switch」シリーズを販売していた。

 一般的なメカニカルスイッチは、内部にバネを設けることで押下後に元の高さに戻している。そして押下時には金属的な接点が接することで通電しオンとなり、押下をやめて元の高さに戻るとオフになる仕組みだ。

 これに対し、磁気式キースイッチではキースイッチのボトムとトップそれぞれに磁石を備え、同じ極どうしの反発力をバネのように使っている。さらに「ホールセンサー」という磁気センサーで磁界の変化を連続的に取得。オンとオフの2値ではなく、ホールセンサーが対応する限りの無限段階の出力を得られる。「HHKB」や「Realforce」が採用する「静電容量無接点スイッチ」と同様に無接点であるため、バネや接点の摩耗の心配はない。

 しかし、スイッチの連続的な値の変化をキーボードでどう扱うのか。famichuさんは「例えばゲーマーの人向けには、浅い押下でオンになり、少し戻しただけでオフにするような設定がおすすめ。他にはキーボードを音楽演奏に使う人なら、連続的に音程が変化する楽器に使ってもいい」という。

●ディスプレイ搭載ボタンに好きなマクロを設定可能

 サークル「ハシビロ工業」の織田翼さんは、画面付きマクロボタン「Chameleon Key」(カメレオンキー)を販売。ハードウェア自体は「ATOMS3」という既製品の小型モジュールで、織田さんが開発したのはファームウェアの部分。

 織田さん開発のWeb設定ツールを通じてマクロを設定することで、例えば「X(旧Twitter)をブラウザで開くボタン」「選択したテキストをコピーして、ChatGPTを新規タブで開きコピーテキストを貼り付けるボタン」などの作成が可能。ハードウェアのメモリが許す限りは長いマクロに対応できるという。

 ATOMS3のディスプレイ部はタッチの認識ではなく、物理的なボタンを備えているためボタンを押した感覚が指に伝わる。

 また、ATOMS3の底面に接続できる「RGB LEDボトム」も織田さんが開発した。RGB LEDボトム単体や、RGB LEDボトムとファームウェア書き込み済みATMOS3本体がそろったフルセットはECサイト「スイッチサイエンス」での販売を準備しているところという。

●トラックボールやトラックパッドを脱着できる自作キーボード

 サークル「ozsan」のozsanさんが出展していたのは、自作キーボード「MonkeyPad」だ。左右分離型キーボードのそれぞれ親指側の位置に追加基板が繋がっており、任意の角度に曲げて使うことで自分の手首に合った角度での打鍵ができる。

 さらに特徴的なのは、追加基板の部分にいくつかのモジュールを入れ替えられること。トラックボールモジュール、トラックパッドモジュール、ジョイスティックモジュール、エンコーダモジュールの4種類を用意している。例えば、右手側にトラックボールを搭載してマウス操作、左手側にジョイスティックを搭載してスクロール操作、というような機能を持たせられる。

●キーの打鍵感を電磁石で強化

 サークル「5z6p Instruments by Dm9Records」のhsgwさんは、これまで製作してきた自作キーボード群を展示。中でも注目を集めていたのは「Frannel」という新作の自作キーボードだ。

 48キーのオーソリニア(格子状)配列のキーボードで、上部には追加のキーが5つと、何やら怪しげなライトとトグルスイッチが。見た目には平成初期のSF作品に出てくるコックピットの操作パネルをほうふつとさせる。

 トグルスイッチをオフの状態で打鍵すると普通のキーボードだが、これをオンにすると途端に「コツコツ」と心地よい音が伴うようになる。

 どんな仕組みなのか見せてもらうと、中には「ソレノイド」という電磁石で鉄の軸を動かす部品が搭載されていた。ソレノイドは入力面で何か役割を持っているわけではなく、ただ音を鳴らしているだけ。

 ソレノイドを搭載する自作キーボードはhsgwさんのものに限らず、近年何例かあるとのことだが、「もともとはIBMのキーボード(1980年代)の一部がタイプライターのような打鍵感を目指すために搭載していた。それがメカニカルスイッチではクリッキー(いわゆる青軸)となったが、最近またソレノイドが見直されてきている」(hsgwさん)。

 Frannelは今後グループバイ形式で注文を受けることを検討しているという。