位置情報を活用したゲームやサービスが注目を集めるようになって数年が経ちました。今回、紹介するのは、そんな中でも、東京電力パワーグリッドとシンガポールのGreenWay Gridが共同で開発した「PicTree〜ぼくとわたしの電柱合戦〜」(以下、ピクトレ)。これはゲームを通してインフラ管理と地域活性化を同時に実現しようとする試みです。

 ピクトレは、プレイヤーが「V(ボルト)」「A(アンペア)」「W(ワット)」の3チームに分かれ、電柱の写真を撮影・投稿することで“制圧”、それを地図上でつないだ距離に応じてポイントが獲得できるという位置情報ゲームです。ポイントはAmazonギフト券や独自の暗号資産「DEAPcoin(DEP)」に交換可能。一見すると、電柱をつなぎ合わせていく普通の位置ゲーに思えるのですが、その裏には東京電力の「インフラ設備の保守点検にユーザーの力を借りたい」という思惑があります。

 電力インフラは国民生活を支える重要な社会基盤です。その維持管理にはコストと労力がかかります。そして例えば電柱の傾きや損傷を発見するには、膨大な数の電柱を定期的に目視点検する必要があるでしょう。

 しかし、ピクトレに写真が投稿されていれば、とりあえず写真は入手できます。最新の写真があるとないとでは点検の手間に影響が出てくるのは当然のことでしょう。これは、つまり、ユーザーに点検作業の一部を肩代わりしてもらうことで、保守コストの削減と異常の早期発見を目指していると考えていいわけです。

 そのため、ユーザーに作業を依頼する代わりに支払う報酬は、東京電力の保守点検費用の一部を充てる予定になっています。ゲーム的要素によって作業へのモチベーションを高めることが、お互いに良い影響になりそうな予感は十分します。

 またピクトレは、インフラ管理の効率化だけではなく、地域の魅力的なスポットの写真投稿も促進し、地域活性化にも貢献する意図もあるそうです。実際にピクトレを活用した実証実験が、4月から6月にかけて、群馬県の前橋市で実施されます。電柱を追いかけていったら、普段は行かないところに足が向いていた、ということは自然と起こりそうです。

 また、5月には、特別イベント「大学対抗!ぼくとわたしの電柱合戦」の開催が予定されています。前橋市に拠点を置く3〜6の大学がチーム戦を行い、その様子は後日、YouTubeで配信する他、地元テレビ局(群馬テレビ)も放送する予定です。

●インフラ企業がWeb3領域に進出

 ピクトレのようなサービスは、Web3やNFTの技術を応用することで、より魅力的なものになる可能性があります。例えば、DEPを単なるポイントではなく、その土地ならではの特別な価値を持つデジタルアイテムとして発行させることもできそう。他にもNFTホルダーだけが参加できるイベントを開催したり、NFTを地域クーポンと連動させたりすることで、報酬とゲーム性をより高める設計もできそうです。

 つまりピクトレは、東京電力のようなインフラ企業がWeb3領域に進出した先駆的な事例ともいえます。従来のインフラ管理の枠組みにとらわれない発想で、ゲームの力を活用しユーザーを巻き込んだ新たな管理手法を模索していこうとしているわけですから。

 一方で、サービスを持続的に運営していくためには、ユーザーの継続的な参加を促す工夫が欠かせません。ピクトレの面白さやインセンティブ設計が、ユーザーを飽きさせずに継続的な投稿を促せるかどうかは注目ポイントでもあります。例えば、投稿した写真がどのようにインフラ管理に役立ったのか、フィードバックを得られるようにすれば、ただの作業ではなくミッションを達成したという高揚感が得られるかもしれませんし、そこにさらに報酬が追加されるという形にしてもいいでしょう。

 ピクトレは、まだこれから実証実験をする、正式サービス開始前の新しい取り組みですが、インフラ管理と地域活性化という2つの社会課題に挑む意欲的な試みとして、大いに期待が持てるサービスです。今後、同様のコンセプトを他の自治体やインフラ企業が取り入れることで、より多くの地域に広がっていく可能性もあります。

 位置情報ゲームの可能性は、「Pok?mon GO」(ポケモンGO)の世代を超えた大ヒットにより、イベントで街の光景が変わるというようなことで大きな注目を集めてきました。ポケモンGOが、現実世界を舞台にしたゲームで地域を活性化した成功事例であることはいうまでもありません。Pictreeも、インフラ管理という社会課題解決とゲーム性を組み合わせた新しい形のサービスとして、これが成功すれば、他の社会課題に応用できそうです。

 他にも、位置情報ゲームとインフラの組み合わせということでは、先行事例としてインフラ危機から街を守るアプリ「TEKKON」があります。マンホールのふたなどの画像をユーザーが集めることで、点検というアクションにつなげていくわけです。TEKKONはこの3月に登録ユーザー数が10万人を突破し、集まったマンホール画像は300万枚を超えました。つまり、設計次第ではこういう活動は十分に“動く”のです。

 このように、位置情報ゲームは、インフラ管理から地域おこしまで、様々な社会課題解決に活用できる可能性を秘めています。課題解決とエンターテインメント性を両立したサービスデザインが求められる分野ですが、こういった事例からより多くの企業や自治体が積極的に挑戦していくと、インフラの分野でもゲームの知見がより生かされていくことになるのではないかと思います。実際、私はすでに前橋市に行ってみたくなっています。