有事に存在感を増す「ファクトチェック機関」

――ここ数年で世界の経済情勢が一変した要因として、ロシアのウクライナ侵攻も挙げられます。デジタル技術の進化は、国家間の紛争にどのような影響を与えたのでしょうか。

谷脇 ロシアによるウクライナ侵攻は、リアル攻撃(武力行使)とサイバー攻撃が同時進行する「ハイブリッド戦」が展開された最初の大規模な紛争だといえます。2022年2月の軍事侵攻が始まる以前から、水面下ではさまざまなことが起きていました。

 米グーグルが公開したレポート*1によると、ロシアはウクライナへの武力攻撃を始める1年ほど前からサイバー攻撃を開始しており、電力や通信といった社会インフラをデジタル上から停止させようとしていました。同時に、社会を混乱させる狙いで大量の偽情報が拡散されており、平常時から非常時(戦闘状態)への移行がわかりづらい状況が続いていました。

 コロナ禍とウクライナ紛争から見えてきたのは、どんな出来事もデジタル技術やサイバー空間の占める割合が大きくなり、もはやリアルとサイバーの世界が一体化しているという事実です。同時に、デジタル技術の進化によって「新たにできるようになったこと」、できているはずなのに「実際はできていなかったこと」が浮き彫りになり、これまでには見えていなかった課題が明るみに出てきた、という状況が見受けられます。

――本書では、偽情報が社会の混乱を招くことの深刻さについても述べられています。

谷脇 2024年には、日本国内でも偽情報がますます社会問題化するはずです。だからこそ、「いまインターネットの最前線で何が起きているのか」という世界の動向を注視する必要があります。新たに起こったパレスチナ紛争における偽情報の量はウクライナとは桁違いです。現地では何が起きているのか、極めてわかりづらい状況になっています。

 そうした中、世界で大きく注目されるようになったのが「ファクトチェック機関」です。代表例として、ベリングキャットという非営利団体が挙げられます。ベリングキャットはインターネット上に偽情報が流れると、あらゆる関連情報を隈(くま)なく分析して、それが偽物かどうかを評価して公表しています。

 2019年に行われた欧州議会選挙でも、ロシアが偽情報を流して世論を誘導することが懸念されていました。そこで、欧州委員会はIT企業と自主的な協定を結び、偽情報に対しての対処法を取り決めて、国と民間が共同で一つのルールを運用する「共同規制」という動きが新たに生まれてきて、一定の成果を挙げました。

 2024年はアメリカの大統領選挙ほか多くの国で重要な国政選挙を控えているため、偽情報やファクトチェック機関に関わる世界の動向を注視する必要があると考えています。

*1. ウクライナ侵攻に関連したサイバー脅威に関するレポート「戦場の霧: ウクライナでの紛争はサイバー脅威の状況をどう変えたのか(Fog of War :How the Ukraine Conflict Transformed the Cyber Threat Landscape.)」