注意してほしいのは、松下は、従業員を解放することが素晴らしいとか、そうすれば従業員が幸せになるとか、そのほうがマネジャーたちが真人間に近づくとか主張していたわけではないことだ。「企業の存続は、日々知力を振り絞れるかどうかにかかっているのです」と言ったのだ。毎日出勤してくる社員一人ひとりが持つありったけの知力に加えて、自社のビジネスに関するありったけの知識を使ってできることをすべてやらなければ、金を失うだけでなく会社の存続さえ危うくなる、ということだ。

 今この文章を執筆している2009年初頭、アメリカ合衆国と世界の経済は悲惨な状況にある。国内経済は急速に縮小を続け、企業利益は激減している―中にはもはや消えてしまった会社も多い―そして、毎月50万人のアメリカ人が職を失っている。誰もが何かを恐れている。マネジャーは、利益を維持するか回復しないと、仕事がなくなるとおびえている。現場の従業員は、自分が上司の責任を押しつけられて首を切られるのではないかという不安にさいなまれている。

 保証しよう。損益計算書のどこにも現れてこない無駄を省き、顧客をつなぎとめ、新たな顧客を獲得するための重要な機会はすぐそこにある。そう、あなたが雇っている人々の頭の中にあるのだ。

 しかしちょっと待ってほしい。自社を救う方法を従業員に尋ねるのはまだ早い。まずは本書を読んでみていただきたい。社員に答えを促してすぐに答えてもらえるほど簡単なことであれば、読者はすでに実践しているだろう。人は自分が置かれた環境に順応するものだ。マックナイトが「自分の周囲に柵が置かれると、人はただ従順な羊になってしまう」と言ったのはそういうことだ。柵を見ているうちに、いつの間にか、しかもほとんど気がつかないうちに羊になってしまうのだ。

 さて、先ほど取り上げた松下幸之助の発言には、いささか不公平なところがある。マックナイトの観察が示す通り、従業員を工場の歯車にするという「テイラー主義」の問題は、実はかなり前から認識されていたからだ。カリスマ経営者のなかには、この自主性の不足を何とか解決しようとほとんど強迫観念に囚われているような人もいる。だが「従業員に権限を与える」という名の下にどれほど多くの文献が執筆され、どれほどのエネルギーが費やされようとも、「ディルバート」の世界は、ほとんどの企業でうんざりするほど一般化している。

* ディルバート:アメリカのコマ割り漫画。作者はスコット・アダムス。 ディルバートという技術者を主人公にした、事務系で、管理的な職場を皮肉ったユーモアで知られている。

 こうしたことから読者は、官僚主義、トップダウンによるコントロール、そしておそらくはジョージ・オーウェル風の社風は、現代でビジネスを回すための仕方ないコストなのだと結論づけるかもしれない。それを嫌うのは結構だが、果たしてそれなしで生き残ることは可能なのだろうか。

 本書で紹介する、人々が解放された企業(「解放企業」と呼ぶことにする)は「イエス」と言っている。それどころか、自らそれを実証している。企業の業種はハイテクから製造業、サービス業から金融、重工業まで多岐にわたる。しかも、現在、世の中であまりに主流派となっているコントロールの仕組みを一切手放しているにもかかわらず、どの会社も業績を伸ばしているのだ。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?(本稿)
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(5月7日公開)

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(アイザーク・ゲッツ,ブライアン・M・カーニー,鈴木 立哉)