これと対照的なのが犬です。絵巻物を見ると、犬の方は例外なく放し飼いに描かれているのです。猫と犬との位置づけが、現代とは真逆なのです。犬はもともと狩猟用の家畜ですから、屋外で放し飼いにするわけで、当然野犬も増えます。平安時代から中世にかけて、行き倒れた人の死体を野犬があさる光景は、日常茶飯事でした。

 猫は紐付き・犬は放し飼い、という位置づけが逆転するのは、江戸時代になってからです。逆転現象が起きた原因は、都市化にあります。

 平安時代の日本には地方都市はありませんでしたが、中世に入ると、鎌倉をはじめとして少しずつ地方都市ができはじめ、戦国時代になると有力な大名の膝元には城下町が栄えるようになります。

 さらに江戸時代になると、ほとんどの武士は城下に集住するようになり、各地に城下町などの地方都市が栄えます。江戸は百万都市となり、戦乱で長らく荒廃していた京も大都市となってゆきます。

 こうした都市化の流れの中で、鼠の害が深刻化したために、猫の放し飼いが広まってゆきました。自由になった猫たちは、あちこちで繁殖しますから次第に野良猫も増えて、庶民のペットとなることも増えていったわけです。

 一方、都市化が進むと、放し飼いの犬、わけても野犬は何かと問題になってきます。五代将軍綱吉による生類憐れみの令は、綱吉が戌年生まれだから犬を大切にした、というのは俗説にすぎません。もともとは、都市化が進む江戸での治安・衛生対策として犬をどう扱うか、という問題から出発したものです。

 こうして、猫は屋内で放し飼いに、犬は繋いで飼う、というスタイルが一般化して、現代に至っているわけです。

(西股 総生)