4月中旬、X上で「会陰切開」が大きな話題となった。

きっかけはある妊婦がXに投稿した“会陰切開”についての疑問。出産時、多くの人に会陰切開が必要になるのはそもそも「人体の設計ミス」ではないかという素朴な問いかけだった。会陰とは膣と肛門の間の部分で、“会陰切開”とは、出産時に分娩をスムーズに行ったり、裂傷を防ぐため、事前に会陰部を切ること。

1400万回以上表示され、一時Xでは“会陰切開”がトレンドになるほどの反響だったこのトピック。経験者からは《陣痛が痛すぎていつ会陰切開されたのかわかんなかったよ、産んだ後「切ったんですか?」って聞いた》《出てくるけど裂けちゃうからね。切開の方が楽でした…》《保険適応にしてほしい。縫合必須なのに自費なんかって・・・》などの体験談が続々と寄せられた。

一方で、《病院の保険点数稼ぎ》《日本は切らなくていいのに切りたがる》など真偽不明の情報まで拡散されることに……。

確かに会陰を「切る」という行為に不安を感じる人は多いだろう。だからこそ、なぜ必要になるのか、正しい情報を知っておくことが大切だ。経験者にとっても未経験者にとっても非常に関心の高い“会陰切開”について、正しい情報を産婦人科医の宋美玄先生に教えてもらった。



■「会陰切開は命に関わるリスクを回避するために行っている」

まず会陰切開はなぜ必要なのだろうか。

「人間は、動物の中でもすごく脳みそが発達していて頭が大きいです。出産で出てくるときの頭の幅は大体10センチぐらい。ところが、膣はそこまで広がらない場合も多く、助産師がお産するときには会陰を伸ばしながら頭を出します。逆に、何もせずに産むとズタズタに裂けてしまうことがあります」

会陰切開は、このような出産時の損傷を最小限に抑えるために行われるものなのだ。そもそも出産は、命懸けの行為である。

「発展途上国など会陰の保護技術がない国では、お産で亡くなる方がたくさんいます。原因としては出血も多いですが、出産時にできた傷が原因となることも多いです。産道の裏にある直腸や肛門の方まで裂けてしまうと、腸にいる便のばい菌が膣や子宮に入ってきて、高熱が出て死に至ります。

1番避けたいのは直腸まで裂けることです。会陰切開を入れずに放っておくと、直腸の方まで裂けてしまう場合があります。これは痛いだけではなく、産後ずっと便が漏れたり、膣と直腸の間に穴が開いたままになってしまって便の菌がどんどん膣と子宮に上がってくる直腸膣瘻という病態になるリスクもあります。それでたくさんのお母さんが亡くなっている国もあるので、会陰切開は命に関わるリスクを回避するために行っているんです」

もちろん、必ずしも全ての人が会陰切開を受けなければいけないわけではない。助産の技術や妊婦の状態によっては切らずにスムーズに生まれることもあるという。

「分娩の体位や呼吸、赤ちゃんの出てくる向きによっては不要な場合もあります。また、初産婦は切らないといけない人が大半だと思いますが、2人目以降は切らない人も多いです。初産婦でも切らずに済む人もいますが、やはりほとんどの人が切らなければ裂けるかなという感じです」



■「日本は出産において世界一安全な国」

会陰切開について、SNS上には一部には“保険適応にならない”ことを指摘したり、それに不安を感じる声もあがった。加えて、保険点数狙いだと否定的な意見もみられたが……。

「そもそも出産自体が保険適用にはなっていません。保険じゃないので点数稼ぎにもなりません。一般的には、会陰切開と縫合は正常分娩の範囲内で、分娩費に含まれているはずです。でも、例えば、第4度裂傷といって、先に言ったように直腸まで裂けたりすると、外科も出てきて手術室での処置となるので、それは保険適用になります。

基本的には分娩費の範囲内ですが、自費診療なので病院によっては会陰切開縫合術を別でプラスしているところもあるようです。病院によりますが、ホームページなどで見ると1万円程度だったりするので、それによって格段に変わることはなさそうです」

さらに、SNS上には会陰切開をすることについて、《日本は遅れてる》《医者はすぐ切りたがる》などのネガティブな意見が多く拡散されていた。宋先生は、これらは誤った情報だと指摘する。

「まず、日本は他国に比べて母体死亡率も新生児死亡率も非常に低く、出産において世界一安全な国といえます。避妊や中絶などに関しては遅れてる部分もあるかもしれませんが、お産に関して”遅れている”ということはありません。

また“切りたがる”というのも、切らなくても裂けないのなら、私たち医師は出産の後、『はい! 傷、大丈夫ですね』と言ってそのまま終わりですが、切ったら綺麗に縫わないといけないから、その分手間がかかります。切った方がラクとか儲かるっていうことはありません」

会陰切開をする“必要”なく無傷で出産が行えるのが、医師にとっても理想的であることは確か。だが、会陰切開をしないことと母子の命を守ることとでは、圧倒的に後者が優先されるべきだろう。

「一般的に助産師は傷なしで出してあげたいし、それが最初の目標です。しかし、そのこだわりが結果的に赤ちゃんのためにもお母さんのためにもならず、会陰もむくんで伸びにくくなってこのままでは裂けるという状況や、母子ともに疲弊して限界という状況では、もう切って出してあげようとの判断になることはあります。

妊婦さんの中には“切開を受けるかどうかは自分で選びたい”と考える方もいらっしゃると思いますが、それは“なるべく帝王切開はしたくない”というのと同じで、実際にトライしてみないと希望の通りになるかどうかは分かりません。これに関しては、自分の選択ではなくて、状況に応じてベストなところをプロフェッショナルに任せてほしいです」

SNS上では、会陰切開についていたずらに不安を煽る投稿も多い。まず、母子を守るために行われることを認識した上で、不安な点は担当医に相談するとよいだろう。