2023年のスーパー耐久は、シリーズ第2戦となる富士24時間レースを迎えた。しかしそこには本来今季のワンメイクタイヤサプライヤーであるはずのハンコック以外にも、ブリヂストンがタイヤサービスを構えており、スタッフが忙しなく作業を行なっている。こういった特殊な状況を作り出す引き金となったのは、3月に韓国のハンコックタイヤ工場で発生した大規模火災だった。

 この火災により、膨大な数のハンコックタイヤが焼失したと言われている。しかも今季からスーパー耐久用タイヤのスペックが変更されたことにより在庫も少なく、通常のタイヤ供給を再開するにも最低でも1年半以上かかる見込み……スーパー耐久はシリーズ中止の危機に瀕していた。

 そこで救世主となったのが、2024年シーズンからのサプライヤーに内定していたブリヂストン。今季第2戦の富士24時間からは彼らがハンコックに代わってドライタイヤを供給することになり、第3戦SUGOからは正式にサプライヤーとなることが決まった。スーパー耐久機構(STO)はこれにより2023年シーズンが開催される運びとなったことを“奇跡的”と表現している。

 実際、本来年間のモータースポーツ計画に組み込まれていなかったカテゴリーに急遽タイヤを供給するというのは、並大抵のことではない。STOとブリヂストンとの間ではどのように協議が進み、奇跡的なシーズン続行に繋がったのか? ブリヂストンのモータースポーツ開発部門の首席主幹である寺田浩司氏に聞いた。

 2024年のタイヤ供給に向け、開発を進めていたブリヂストン。しかし「スーパー耐久のことは正直よく分かっていなかった」ということもあり、寺田氏一行は開幕戦鈴鹿を視察することになった。当時は軽い気持ちだったという。

 そんな折、ハンコックの工場火災の報を知る。「24時間レースは相当数のタイヤが必要なので、きっとストックしているだろう。在庫がショートするまでに工場が再開すれば大丈夫だろう」と考えつつ鈴鹿に乗り込んだが、事態は想像以上に深刻だった。

「STOさんから『24時間レースの途中でタイヤがなくなってしまうくらいの在庫しかない。BSさん、なんとか助けてほしい』と言われました」

 しかし、寺田氏は「ふたつ返事で『無理です』と」答えるほかなかった。なにしろ、富士24時間では1レースだけでとんでもない量のタイヤが必要となる。2022年のハンコックの実績では、ドライ・ウエット合わせて約6000本……レースを2ヵ月後に控えた段階で、「(S耐用タイヤの)在庫は各サイズ2本くらいしかない」状態のブリヂストンがその量のタイヤを用意するのは、どだい無理な話だった。

「そこから、ウエットタイヤはハンコックの在庫があるから、それを使えますと言われましたが、それでも無理ですとお答えしました。そして、下位クラスは市販のSタイヤで構いませんというご提案をいただき、弊社のRE-12DとRE-71RSに関して、現場でカタログを見ながら相談しました。これは量産工場で生産しているものなので、かなり強引にねじ込めば作れなくはない、それは何とかなるだろうと思いました」

「一方で、我々の今回のスリックタイヤは小平の“開発工場”で作っています。ここはあくまで、かつてはF1やMotoGP、今はスーパーGTにおける研究開発部隊の試作工場ですので、ある程度の量は作れますが、生産性という点ではそれほど高くありません」

「なかなかキャパがない中で、どのくらい詰め込めるかを鈴鹿の現地でSTOさんと調整し、この本数ならギリギリ行ける“かもしれない”とお答えしました」

「そして東京の技術センターに帰って急遽、パズルを組み合わせるかのような調整をしました。最終戦までの生産計画を立てて、ギリギリの綱渡りですが、いけるという術を見つけた結果『協力しましょう』という話をしました。ちなみに今も(第3戦)SUGO、(第4戦)オートポリスのタイヤを裏で作っているところです」

 今回はST-4、ST-5クラスに供給される市販の溝付きタイヤも含めて、4000本強のタイヤを持ち込んだというブリヂストン。富士24時間の走行初日には摩耗状況の確認などに追われたという。ドライバーからは、従来のハンコックタイヤと比較してのグリップの前後バランス、ピックアップの有無、剛性の違いなどがフィードバックとして挙げられたとのこと。ブリヂストンとしても、多種多様な量産車ベースの車両が多く走るスーパー耐久のようなカテゴリーではそれほど多くの経験がなく、新鮮なコメントも多くあったようだ。

「レースを止めないようにしたいです」と力強く語る寺田氏。ブリヂストンの“綱渡り”が、ひとつのレースシリーズを救う形となった。