かつていすゞが販売していたSUV「ビッグホーン」は国内外の多くにOEM供給され、多彩な車名を持っていたのです。そんなビッグホーンの「名前」のバリエーションを探ります。

全く同じクルマなのに… 国内外のブランド名を冠して展開

 かつて販売されていたいすゞのSUV「ビッグホーン」は、スバルやホンダにも提供されていたことがあります。
 
 しかし、世界中のメーカーにも異なるブランド・車名で数多く供給され、たくさんの「名前」を持っていたのです。

 日本を代表するトラック・バスメーカーのいすゞも、かつては乗用車の販売を2002年まで行っていました。同社のモデルの中には、現在でいうSUVも多数販売されており、その代表格が本格的なクロスカントリー(クロカン)4WD車の「ビッグホーン」です。

 かつて4輪駆動車といえば、三菱「ジープ」やトヨタ「ランドクルーザー40」のように、悪路走破性や特殊な業務ユースを優先した硬派なクルマでしたが、1970年代末に「RVブーム」が沸き起こります。

 これに合わせ、いすゞは乗用車の快適性を盛り込んだクロカン「ロデオ・ビッグホーン」を1981年に発売。高まる個人向けのレジャー用途に対応しました。

 1984年には車名を「ビッグホーン」に変更。その後、「イルムシャー」や「スペシャルエディション・バイ・ロータス」など、海外チューナーやメーカー名を冠したモデルも発売され、話題を呼びました。

 1991年には、高性能・高品質を謳った2代目ビッグホーンを発売します。

 ひとまわり大きくなって3ナンバー化されたボディは、洗練されたデザインと上品さを持っていました。エンジンには、200psを発生するパワフルな3.2リッターV型6気筒(のちに3.5リッター化され、230psへ)も用意。内装も高級化が図られていました。

 2002年にいすゞが乗用車市場から撤退する際、惜しまれながらビッグホーンも姿を消しました。

 そんなビッグホーンの特徴の一つに、「複数のブランドで売られていた」ことがあります。

 初代・2代目含め、ビッグホーンはスバル「ビッグホーン」、ホンダ「ホライズン」など多くのブランド・車名を別に持っていたのです。

 いずれも、外観はほぼそのままのOEM車ですが、いすゞのクルマがスバルやホンダに供給されていたことは興味深いです。このようなOEMが行われた理由は、ズバリ「ラインナップの強化」でした。

 1980年代の国内RVブームで、クロカンや1BOXワゴン、ステーションワゴンなどを含めたRVはすっかり市民権を獲得。

 特にトヨタ「ハイラックスサーフ」や日産「テラノ」、三菱「パジェロ」などの都会派クロカンは人気が高く、各社はラインナップの拡充に力を入れるようになりました。

 しかし、クロカンのベースとなるラダーフレーム構造のトラックを持たない、もしくはクロカン開発のノウハウがないメーカーでは自社開発が難しく、また販売ボリュームを考えると他社からの供給でまかなったほうがよい、という判断になるのは必然と言えました。

 そこでスバルは、1988年に初代ビッグホーンを導入。同社は4輪駆動車の乗用車を作るメーカーとして名を馳せていましたが、クロカンは持っていなかったのです。

 ビッグホーンに設定されていた「イルムシャー」グレードがそのまま販売されただけでなく、車名も「ビッグホーン」のままだったのは、国内のOEMとして異例の出来事でした。

 1992年には2代目がデビュー。2代目では、すべて“ハンドリング・バイ・ロータス版”のみでした。しかし、1993年には早くもラインナップからドロップしています。

海外メーカーのブランドも名乗った?

 続いてビッグホーンを自社製品に組み込んだのは、ホンダでした。

 実はホンダも、折からのRVブームに対する持ち駒がなく、1993年には、ローバー・グループのランドローバーから「ディスカバリー」のOEM車「クロスロード」を発売。

 そのほか、いすゞが1990年に発売した3ドアのスポーティなRV「ミュー」も、ホンダ「ジャズ」として1993年から販売していました。

 続く1994年には、2代目ビッグホーンがホライズンと名付けられ、ホンダバッジが貼られることに。

 こちらも、スバル版と同様にハンドリング・バイ・ロータス版のみが用意されました。いっぽう、アメリカのアキュラブランドでは、ホライズンをSLXと称して販売していました。

 しかし販売期間は長くなく、クロスロードは1997年、ジャズは1996年、そしてホライズンとSLXは1999年でカタログから姿を消しています。

 正直なところ、これらOEM車の販売台数は多くはありませんでしたが、扱うことで得たRV車のノウハウは、「ステップワゴン」「CR-V」「オデッセイ」など、一連の「クリエイティブ・ムーバー」を生み出す原動力や契機になったと考えることもできます。

 余談になりますが、かつてホンダはジープ「チェロキー」も取り扱っていました。しかも右ハンドル・低価格でヒット作となっています。これも、意外な事実といえます。

 そして実は、ビッグホーンが別ブランドで売られた事例は、国内にとどまらなかったのでした。

 当時のいすゞはGMグループに属していたため、初代・2代目ともにクロカンを持たないグループ内ブランドで販売されたのです。

 ドイツのオペル/イギリスのボクスホール(イギリスでは、オペルをボクスホールとして販売)「モントレー」も、クロカンを持たなかったオペル/ボクスホールのラインナップを補完するモデルでした。

 そのほかインドネシアや南米ではシボレー「トゥルーパー」、豪州向けのホールデンでは「ジャッカル/モントレー」、韓国や東南アジアではサンヨン(双龍)「コランド・ファミリー」(初代ビッグホーンのみ)などと名付けられました。

 つまりビッグホーンも、いすゞの乗用車「ジェミニ」「アスカ」のように、世界中のGMグループを支えるワールドワイド・モデルだったことがわかります。

 なおOEMとは異なりますが、いすゞ自体もビッグホーンの車名を仕向け地により変えており、例えば北米市場では「トゥルーパー」として売られていたことも記しておきます。

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 時代の流れに応じて生まれたものの、逆にその流れのために消えてしまったクルマは少なくありません。

 RVブームやGMグループ各社のラインナップ強化のために誕生したビッグホーンの別名車も、まさにそんなクルマだったのではないでしょうか。