英語のできない者が米国で活動する上で、通訳の存在は自らの「耳」であり「口」である。
その、いわば、自らの「分身」とも呼べる通訳の裏切りは、大谷翔平にとって、青天の霹靂だったに違いない。
日米を揺るがした水原一平通訳による違法賭博問題。最新の報道では、水原容疑者が大谷の口座に不正にアクセスして送金した金額は総額1600万ドル(約24億円)にのぼると見られている。
犯行の手口も徐々に明らかになり、水原容疑者の悪らつさが浮き彫りになってきた。
それにしても、今年1月、ドジャースと10年7億ドル(約1000億円)の超大型契約をかわし、さらに2月には結婚を発表。我が世の春を謳歌していた大谷が、こういうかたちでスキャンダルに巻き込まれるとは、夢にも思わなかった。彼にとっては人生初の蹉跌だろう。
大谷は花巻東高(岩手)3年時に「人生目標シート」を作成している。
その一部を紹介する。
<18歳 メジャー入団
19歳 3A昇格・英語マスター
20歳 メジャー昇格・年俸15億円
22歳 サイヤング賞
23歳 WBC日本代表
24歳 ノーヒットノーラン・25勝達成
25歳 世界最速175km
26歳 ワールドシリーズ優勝 結婚
30歳 日本人最多勝利
40歳 引退試合でノーヒットノーラン>
打者としての目標は設定されていないが、その志の高さには、ほとほと驚かされる。
今、もしこのシートを読み返したとして、大谷は何を思うだろう。誤算があるとすれば、19歳での「英語マスター」くらいか……。
大谷が高校卒業と同時に渡米し、英語をマスターしていれば、今回のスキャンダルは起きていなかったかもしれない。だが、二刀流で今の地位を得ていたかどうかは疑わしい。
もっとも、見方を変えれば、これを奇貨として、ひとり立ちする絶好のチャンスでもある。今後も、甘い蜜に吸い寄せられるように、大谷の周辺には有象無象の輩が集まってくるだろう。利用されないためには、自らの「目」や「耳」で人品骨柄を見定めなければならない。
先のシートには、こんな目標もある。
<60歳 ハワイ旅行>
大谷の性格を表しているようで、ほっこりする。
初出=週刊漫画ゴラク2024年4月26日発売号
二宮清純(にのみや・せいじゅん)
スポーツジャーナリスト。1960年愛媛県生まれ。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開中。1999年6月より、インターネット・マガジン「Sports Communications」(http://www.ninomiyasports.com)を開設。 新刊『森保一の決める技法 サッカー日本代表監督の仕事論 (幻冬舎新書 )』が好評発売中。他に『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)、『スポーツを「視る」技術』(同)、『勝者の思考法』(PHP新書)、『プロ野球裁判』(学陽書房)、『人を動かす勝者の言葉』(東京書籍)、『歓喜と絶望のオリンピック名勝負物語』(廣済堂新書)、『昭和平成ボクシングを語ろう!』(同)、『村上宗隆 成長記〜いかにして熊本は「村神様」を育てたか』(廣済堂出版)など、著書多数。