4月11日に初めて実現した日米比の3カ国首脳会談を経て、フィリピンのマルコス大統領の中国に対する発言が強硬になっているようです。軍への攻撃を一切許さないと警告。これに中国が激しく反応しなかったことを「救い」と捉えるのは、多くの中国関連書を執筆している拓殖大学の富坂聰教授です。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、ASEAN諸国を含めて両国のこれまでの関係性を解説。微妙に保ってきたバランスをフィリピンが壊そうとする意図と、中国の冷静さの理由を探っています。

いまや日本以上の「アメリカの『駒』」と中国が呼ぶフィリピンが豹変した理由

日本、アメリカ、フィリピンの3カ国の首脳がワシントンで、初の首脳会談を行ったのは先月11日(日本時間12日午前5時20分)のことだ。3カ国首脳は、中国による南シナ海や東シナ海における力による一方的な現状変更の試みに反対し、毅然として対応することを確認したという。

フィリピンが、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領の時代から大きくその面貌を変えたことの仕上げのような会談だった。訪米中のフィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領は、終始にこやかで上機嫌だった。

米中が互いに影響力を競い合う世界において、その最前線となりつつある東南アジアの発展途上国のトップが、アメリカとの関係強化を喜ぶのは珍しいことではない。だが、たいていの国は米中の対立からは距離を置き、両方に良い顔を見せながら自国利益を追求する、賢い外交を展開してきた。

フィリピンが特殊なのは、訪米から帰国した直後からマルコスが米比の相互防衛条約を持ち出し、中国を挑発する発言を繰り返したことだ。

マルコスは、南シナ海の南沙諸島にある仁愛礁(アユンギン礁=セカンド・トーマス礁)で繰り広げられる中国との領有権をめぐる攻防について、「軍以外からの攻撃を受けた場合であっても、フィリピンの軍人に死者が出れば米比相互防衛条約が発動されるとして、アメリカに軍事的な対応を求める考えを示した」(NHK 4月15日)という。

海をめぐる対立では、緊張が一気にエスカレートすることを回避するため、互いの国が海上での法執行機関を前面に立てて対応するのが一般的だ。マルコスの今回の発言は、わざわざそうした緩衝材を無効にする意味を含む。しかも相手が民間の船(漁船など)であっても、米軍に行動を求めるというのだから、尋常ではない。

こうした発言はこれまで東南アジア諸国連合(ASEAN)が米中の対立を嫌い、「巻き込まれ」を回避してきた努力にも反する。アメリカがマルコスの要請に軽々に応じるとは思えないが、あまりに無責任な発言といわざるをえない。

救いは、いまのところ中国側が激しい反応を見せていないことだ。かつてはフィリピン産バナナの輸入規制を強め、輸送中のバナナを大量に腐らせるなど強硬に反応したが、そうした対抗策も発動されていない。

その理由はいつくか考えられる。まずマルコスの言動の裏側にアメリカという振付師がいて、中国が騒げば騒ぐほどその術中に嵌ることを中国自身がよく知っていることだ。またフィリピン以外のASEAN諸国との関係を重視する中国がこの海域での対立をエスカレートさせたくないと判断した可能性だ。さらに緊張を高めることで経済発展のチャンスが失われるデメリットを考え、行動を抑制しているということだ。

だが、そうした動機のなかでも最も重要なのは中国がこれを「マルコスの個人的な事情」と見ている点だ。というのもドゥテルテ時代まで静かだった仁愛礁でにわかに緊張を高めても、フィリピンの国としての利益はほとんど見当たらないからだ。

ASEANの国々にとって中国が重要なパートナーであることは言を俟たない。多くの国は中国が最大の貿易相手だ。中国と対立するデメリットは計り知れない。実際、ドゥテルテ時代には仁愛礁での揉め事はほとんどなく、経済関係も順調だった。過去のメルマガでも指摘したように、両国間には現状維持を目的とした「紳士協定」が存在し、機能してきたからだ。

「紳士協定」とは「フィリピン側が仁愛礁の建造物の修繕や新設を行わない見返りとして、中国が食糧補給を容認する」こと。逆に「中国は、軍事拠点化したミスチーフ礁に構造物を新たに設置しないこと」を約したものとされる。対立をうまく管理し、貿易のメリットを享受しようとした両国の知恵だ。

そのバランスをわざわざ壊すメリットはどこにあるのだろうか──(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2024年5月5日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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