新生活が始まる季節…覚悟はできた?

 進学や就職など新生活が始まる季節、通勤/通学電車デビューを迎えるという人も多いことでしょう。「特に朝の混み合う時間帯は、シートに座れるだけで幸運を噛みしめてしまう」という記述が大げさではないことを実感するのも、まもなくです。

 しかし座れたとしても、そこからもうひとつ、運を試されることになります。「隣にどのような人が座る/座っているか」、すなわち「席ガチャ」です。

 電車通勤をしている青木ぼんろ先生( @aobonro )がX(旧Twitter)で公開している『席ガチャ』は、この毎日の運試しにおいて、ある日強烈な「ハズレ」を引いてしまった際の顛末を描いたエッセイマンガで、投稿には6000件以上のいいねが集まりました。

「毎日通勤電車に乗っていると、隣の席にどんな人が座るかというのが結構、重要だということに気付きました」と、青木先生は執筆のきっかけについて話します。

「えずいてしまうくらいアルコールの匂いがする人、スマホでゲームをやっていて、すごいスピードのタップによって肘を私の脇腹にガンガン入れてくる人。逆に小柄なお年寄りが両隣に座ったときはものすごい広く静かなスペースになったりなど、それが当たり外れのある『ガチャ』のようだと思い、今回のハズレエピソードを描きました」(青木ぼんろ先生)

 マンガ『席ガチャ』に登場する「隣に座る人」は、大きく足を開いてシートを広く占拠するのみならず、イヤホンもせず音声の出る動画を鑑賞するという、実に迷惑な「ハズレ」さんです。

 このような「座り方がなっていない人」というのは実際に多いようで、鉄道事業者72社から構成される一般社団法人 日本民営鉄道協会(東京都千代田区)が2023年12月19日に公開した、WEB上で毎年、実施している「迷惑と感じる行為」に関するアンケートの結果でも、「席の座り方(詰めない・足を伸ばす等)」がもっとも票を集めていました。

 鉄道車両の座席は、いわゆるロングシート(窓に背を向けて座るタイプ)にも何人掛けかという定員があるものの、座り方によっては定員どおり座れないこともあります。そしてアンケート結果にも表れているように、多くの人が座り方に関し迷惑を感じているというのが現状です。鉄道各社はこれについて、どのような対策を講じているのでしょうか。

西武鉄道20000系電車とその車内。バケットシートを導入し2000年にデビューした(画像:西武鉄道)

鉄道各社の対策は…?

 鉄道各社は駅構内でマナー向上を促すポスターを掲示するなどしており、趣向を凝らしたものがSNSで話題を集める様子も見受けられます。またとある鉄道会社では、シートの定員を示しつつ詰めて座ってもらえるよう、車掌がアナウンスしていることもあるとのことです。

 たとえば大手私鉄のひとつである西武鉄道は、乗車マナー全般について、年間を通して「快適な電車内、駅構内環境づくりを推進することを目指し、ポスターの掲出や車内、駅構内での案内放送等を通じて、お客さまに呼びかけを行っています」としています。

 そうした呼びかけのみならず、「お行儀良く座る」ことを物理的に促す対策もとられてきました。東京メトロでは1990年以降に製造した車両のロングシートに、「バケットシート」を導入しています。ここでいう「バケット」とは、着座したときに背や尻が当たる面をややくぼませたもののことです。これにより着座位置を明示し、上述した「定員」どおりの利用を促進するのみならず、通常のロングシートに比べ体にフィットすることで、揺れに対する快適性の向上も図られています。

 西武鉄道も、「新車では2000年導入の20000系電車から」バケットシートを導入してきました。導入の目的については「座席の着席区分明確化のためです」と説明しています。

「バケットシート導入率はロングシート車の約88%です(2024年2月現在)。新造車両については、基本的にバケットシートを採用していく方針です」(西武鉄道)

 利用者からは「座る場所が明確化され、座りやすいといったご意見をいただいております」(西武鉄道)と好評な様子がうかがえます。加えて、ロングシートを左右に区切る「スタンションポール」も、2002年度の20000系車両新造時に取り付けたのを皮切りに導入してきました。

 このように鉄道各社が対策を講じる一方で、着座のマナーが向上したかというと、必ずしもそうではないという残念な現実があります。前出のアンケート結果でも、「席の座り方(詰めない・足を伸ばす等)」の首位は2年連続であり、しかも総投票数における割合は前年より伸びていました。加えて、以前に比べ駅や電車内のマナーは改善されたかという設問に対する「変わらない」という回答は、43.2%ともっとも多かったといいます。

 この結果について青木ぼんろ先生は「これは納得のランキングですね。正直、席の座り方に関してはこの数年間変わっていないと思います」といいます。

「公共の場という意識がなく、ただただ自分が気持ちのいい座り方、スペースの取り方をするというだけの『無自覚の迷惑行為』を解消するのは不可能かもしれないですね」(青木ぼんろ先生)

『席ガチャ』収録のコミックエッセイ『恐らく誰の人生にも影響を及ぼすことはない僕のサラリーマン生活』(著:青木ぼんろ/KADOKAWA)

 満員電車というのは、ただでさえストレスフルな環境であり、昨今は運行中の列車内で、凶悪な犯罪も見られました。そのように決して快適とはいえないであろう列車内を少しでもマシにするには、西武鉄道が「今後も車内マナーについて定着を図るべく、引き続きポスターの掲出や車内、駅構内での案内放送等を通じて、お客さまに呼びかけを行ってまいります」としているように、やはり一人ひとりがマナーを意識するしかないのでしょう。

 とはいえそれは理想論であり、結局のところ毎日ストレスがマッハ、というのが現実かもしれません。青木ぼんろ先生が『席ガチャ』に描いたようなマンガ作品で、少しでも溜飲を下げるしかないのでしょうか。

『恐らく誰の人生にも影響を及ぼすことはない僕のサラリーマン生活』:
(C)青木ぼんろ「恐らく誰の人生にも影響を及ぼすことはない僕のサラリーマン生活」/発行:株式会社KADOKAWA