思春期の危うさを描くマンガ界と映画界の鬼才タッグ

  思春期の葛藤を抱えた少年少女たちの暴走を描いた『惡の華』や『ハピネス』で人気の漫画家の押見修造氏、閉ざされた環境で暮らす中学生たちが壮絶なサバイバルバトルを繰り広げる実写化映画『ミスミソウ』(2017年)で知られる内藤瑛亮監督。マンガ界と映画界の鬼才同士がタッグを組んだオリジナル映画『毒娘』が、2024年4月5日(金)より劇場公開されます。

 実在の事件にインスパイアされた内藤監督が脚本を書き上げ、ヒロインとなる「ちーちゃん」のキャラクターデザインを押見氏が担当。内藤監督ならではの痛みを感じさせる世界に、ポップさとキュートさが絶妙に加わり、エンタメ性と社会的テーマ性を併せ持った快作に仕上がっています。本作に触発された押見氏は「週刊ヤングマガジン」にて、『毒娘』の前日談『ちーちゃん』を連載。4月5日(金)に単行本が発売されます。

 ともに思春期ならではの危うさをモチーフにしている押見氏と内藤監督が、『毒娘』のヒロイン「ちーちゃん」が誕生した経緯、さらには思春期の孤独な時期をお互いにどう乗り切ったのかを語ってくれました。

* * *

ーー『毒娘』の企画がどのようにして生まれたのかを、まず教えてください。

内藤:2012年頃にネットの掲示板に「育児放棄された女の子に、娘が付きまとわれている」という記事があって、その記事に着想を得て、脚本を書いたんです。ある程度の予算が集まり、キャストも決まりかけていたんですが、途中で止まってしまって……。

 なかなか再始動させることができずにいたんですが、やはり実際に起きた事件を題材にした『許された子どもたち』(2020年)を完成させ、諦めずにオリジナル作品をつくることは大事だなと痛感したんです。その頃、コロナ禍で外出できない時期が続いたので、『毒娘』の脚本を最初から書き直し、製作会社からのOKをもらいました。その際に押見さんにキャラクターデザインを相談した、というのが今回の流れです。

「ちーちゃん」は押見さんの描く『惡の華』や『ハピネス』の世界に通じるキャラクターだと思っていたので、デザインしていただけたら、「ちーちゃん」はより豊かな存在になると考えました。

押見修造先生(マグミクス編集部撮影)

押見:内藤監督の長編デビュー作『先生を流産させる会』(2011年)が劇場公開されたときに、ミニコミ誌『SPOTTED701』の誌上対談でお会いしたのが最初でしたね。『先生を流産させる会』は僕が大好きな作品ですし、テーマ的にも僕の作品と共通するものを感じました。

対談は初対面ながら、すごく盛り上がったんです。内藤監督とは何か一緒にできたらいいなぁとずっと思っていたので、今回のお話はうれしかった。キャラクターデザインの仕事は初めてでしたが、「ぜひやりたい」と即決しましたね(笑)。

映画『毒娘』ポスタービジュアル (C)『毒娘』製作委員会2024

自分が解放されていく気持ちよさがあった

ーーお互いの作品をどのようにご覧になっていたんでしょうか?

押見:『ミスミソウ』は原作者の押切蓮介さんと僕が友達なこともあって、とても興味深かったです。マンガもすごい内容ですが、あの作品を実写化するのは簡単ではなかったはず。でも内藤監督は、押切さんや同世代である僕が観ても面白いと思える映画にしていましたね。

内藤:押見さんの作品はすべて読んでいて、アニメ化された『惡の華』を含め、映像化された作品も観ています。思春期の鬱屈していた感情が爆発するところは、自分の作品のテーマと近いですし、「分かるなぁ」と感じていました。また、思春期の苦悩を描くだけでなく、大人になってその問題にどう向き合うのかまでしっかり描いている。『血の轍(わだち)』や『おかえりアリス』は、さらに発展させたものになっています。押見さんの作品からは、いつも刺激を受けています。

ーーおふたりのコラボは必然だったようですね。

内藤:まぁ、僕からお願いして巻き込んだ形です(笑)。

押見:いやいや、楽しかったですよ。漫画家って基本的にひとりで仕事しているので、今回は内藤監督とやりとりしながらキャラクターを生み出していく作業は、自分が解放されていくような気持ちよさがありました。文化祭に参加したような楽しさでした。内藤監督との仕事は、僕もすごく刺激的でしたよ。

ーー具体的にはどのような作業だったんでしょうか?

内藤瑛亮監督(マグミクス編集部撮影)

内藤:まず押見さんに脚本を読んでもらい、それから僕のほうから「ジャージを着ていて、髪はボサボサで……」などちーちゃんの大雑把なイメージをお伝えして、押見さんにキャラクター化してもらいました。昆虫の死骸をブローチにしている、靴が左右バラバラなどは、押見さんの発案です。そうした押見さんのアイデアをまた脚本に取り入れて、キャラクターを膨らませています。押見さんとキャッチボールしながら、ちーちゃんを作っていった感じです。

押見:脚本がとても面白くて、ちーちゃんの怖いけれど愛くるしくもある感じが、僕のなかにスッと入ってきました。内藤監督と打ち合わせの席で、「こんな感じですか?」とイラストを描いてみせ、その後も何回か描き直しましたね。

内藤:喫茶店で打ち合わせをしたんですが、目の前でちーちゃんが描かれていくのを目の前で見て「すげぇ!」と感動しました。僕のイメージしていた、ちーちゃんそのものでした。その後、着色もしていただき、ほぼ完成形のちーちゃんになりました。

ーーちーちゃんの目の周りがペイントされている感じは、内藤監督が大好きなマリリン・マンソンを思わせます。

内藤:押見さんには参考になるような画像をいくつかお送りしました。マリリン・マンソンは送っていなかったかもしれませんが、無意識のうちにマリリン・マンソンのイメージが入っていたのかもしれません。

押見:内藤監督からはファッションショーなどの画像は送っていただきましたが、そのなかにはマリリン・マンソンはなかったですね。でも、内藤監督の頭のなかにあるちーちゃん像を具体化していく作業は、今までにない体験で面白かったですよ。

押見修造氏と内藤瑛亮監督(マグミクス編集部撮影)

漫画家と映画監督がコラボする上での課題

ーー漫画家と映画監督という異業種間のコラボですが、いちばんの魅力と課題点があるとすればどんなところになると思いますか?

内藤:今回は漫画家である押見さんにヒロインのキャラクターデザインをお願いしたわけですが、映画寄りの人に頼んでいたら違ったデザインになっていたと思います。ちーちゃんは昆虫の死骸をブローチ代わりに服に飾っていますが、映画寄りの人だと「本当の昆虫を使うと壊れやすいよな」とか考えてしまうはずです。髪型や衣装とかも、撮影のしやすさを考慮すると思います。その点、押見さんは脚本を読んだ上で、シンプルに「こうしたら面白いんじゃないか」と考えてくれた。押見さんに頼んで本当によかった。

押見:確かに、映画にする上での大変さはまったく配慮していませんでした(笑)。

内藤:スタッフは「う〜ん」と頭を捻っていましたが、押見さんが描いたちーちゃんをどう映像として落とし込んでいくのかも、面白かった。昆虫はすべて造形物だと嘘っぽくなるから、本物も使おうとか、そういうのを考えるのも楽しかったですね。

押見:映画制作のことを僕は知らないので、どうすれば面白いキャラクターになるかだけを考えました。逆にマンガだと自分のイメージだけで固まってしまうので、今回は『毒娘』のスタッフのひとりとして参加できてよかった。普段は使わない脳みそを使い、気持ちよかったです。

ーーマンガの連載を抱え、スケジュール的には大変だったんじゃないですか?

押見:忙しいことは忙しかったんですが、マンガを考える大変さと違って、キャラクターを描くのは「別腹」みたいな感覚なんです。お腹がいっぱいでも、甘いものなら平気で食べられちゃうみたいな(笑)。

内藤:ちーちゃんが「甘いもの」でよかった(笑)。

押見:内藤監督からのオファーだったことも大きいですよ。僕と内藤監督との間で、共有し合うものがあったからこそでしょうね。

内藤:ただ絵がうまいだけの人に頼んだら、僕がイメージしていたものとのズレが生じたと思います。それでは元も子もないですから。

押見修造氏と内藤瑛亮監督(マグミクス編集部撮影)

ーー今回のように、漫画家と映像クリエイターとがお互いにリスペクトする関係性でのコラボが広がっていくといいですね。

内藤:実際には難しい面もあるでしょうね。『セクシー田中さん』(日本テレビ系)みたいに悲しい結末になってしまったケースもあります。マンガや小説などの二次元の作品と映像はメディアが異なるので、どうしても脚色は必要となります。お互いが同じ方向を向いて、納得できるかどうかはとてもセンシティブな問題ですが、お互いに傷が残らないように、コミュニケーションを怠らないことはとても大切だと思います。

押見:成功すれば、とてもいい結果を生むと思いますよ。

(後編に続く)

映画『毒娘』
監督/内藤瑛亮 ちーちゃんキャラクターデザイン/押見修造
脚本/内藤瑛亮、松久育紀 音楽/有田尚史
出演/佐津川愛美、植原星空、伊礼姫奈、馬渕英里何、凛美、内田慈、クノ真季子、竹財輝之助
配給/クロックワークス

4月5日(金)より新宿バルト9ほか全国公開

(C)『毒娘』製作委員会2024