悪人だけどかっこよさも感じてしまう

 マンガに登場する個性的で面白い敵キャラは、展開次第では割と早く退場してしまうことがあります。特に、序盤でインパクトを残したのにやられてしまったキャラは、いつまでも記憶に残り、たびたび話題に上がります。そのような、序盤でやられたものの、読者が覚えている強烈な敵キャラを振り返りましょう。

●勝利こそすべて:フレイザード『ダイの大冒険』

 マンガ『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』(原作:三条陸/マンガ:稲田浩司/監修:堀井雄二)に登場する魔王軍の六大軍団長のひとり「氷炎将軍フレイザード」は、序盤でやられたものの、見た目や性格、戦い方までかなり個性が強く、氷と炎のキャラの代表格として名前が上がるほどのインパクトを残しました。

 フレイザードの見た目は右半身が氷、左半身が炎で、その見た目に相応しい氷と炎という相反する力を操ります。そして、勝つためには手段を選ばない性格で、使えば外道扱いされる禁呪法の「氷炎結界呪法」を使うことにも躊躇(ちゅうちょ)がありません。

 この手段を選ばない性格も、禁呪法で生み出された自身の存在価値が「勝利のみ」だと思っているからで、彼にも同情すべき点はあります。そして、魔王軍が総がかりでも倒せなかったダイたちに、正面から立ち向かうなど、大きな手柄を前にしたときに躊躇なく命を懸ける姿にはかっこよさも感じられるのです。

 ダイたちに敗れたフレイザードが残した「オレは戦うのが好きなんじゃねぇんだ…勝つのが好きなんだよォォッ!!!」という言葉は、定番のネットミームになっており、これからも多くの人の記憶に残り続けるでしょう。

●傍若無人な怪物死刑囚:スペック『バキ』

 格闘マンガ『刃牙』シリーズ(著:板垣恵介)の第2部『バキ』における「最凶死刑囚編」では、主人公の「範馬刃牙」や地下闘技場の戦士たちが、「敗北を知りたい」と同じタイミングで脱獄してきた5人の死刑囚と対決する物語が描かれています。なかでもアメリカから来た死刑囚「スペック」は、独特の性格とビジュアル、超人的な身体能力、そして物語から退場する前の名勝負により、読者に強烈な印象を残しました。

 スペックは「5分間の無呼吸運動」が可能で、水深200mの潜水艦から泳いで脱出できるほどの肺活量を持った怪物です。そのような彼が対戦したのは、19歳にして暴力団の組長を務める「喧嘩最強ヤクザ」の「花山薫」でした。

 花山が防御を捨てて強靭な肉体のみで戦う一方、スペックは拳銃やスタングレネードも駆使するなど、「何でもあり」の戦法を見せます。しかし、あらゆる手段を駆使してもスペックは花山に敗北し、その結果、全てを出し尽くした満足感からか急激に老化して、実年齢である「97歳の老人」の姿になってしまうのです。

 スペックは日本に来る前に自由の女神像を崩壊寸前まで破壊し、留置所をホテル代わりに使い、肉まんのためにコンビニ店員を殺すなど、常に無軌道な行動をしていました。彼と対峙した刃牙や花山は、作中最強の「範馬勇次郎」に重ね合わせており、どんな手段を使っても勝利に執着する姿には信念を感じます。

 花山渾身のパンチを食らって完全に倒されたと思った後の警察署での「第2ラウンド」、敗北後の変貌なども含め、死刑囚たちのなかでも特に際立った怪物性とインパクトを残したキャラでした。

●純粋な殺人鬼:マスキュラー『僕のヒーローアカデミア』

「個性」という特殊能力を駆使したバトルが魅力のひとつであるマンガ『僕のヒーローアカデミア』(著:堀越耕平)には、多種多様な「個性」を持った魅力的な敵キャラが登場します。そのなかでも、「筋力増強」の「個性」を持つ「マスキュラー」は、序盤でやられたものの、一度見たら忘れられないほどの強烈なキャラでした。

 マスキュラーの「筋力増強」は、自らの筋繊維を増幅して筋力を強化するというシンプルなものです。しかし、その増幅量はケタ違いで、膨大な量の筋繊維で体中を覆った姿はインパクト抜群でした。そして、その増幅した筋繊維は、圧倒的なパワーと、作中最強キャラである「オールマイト」の一撃にすら耐える強力な耐久力を持っています。

 これほど強力な「個性」を持っていながら、彼の頭には「やりたいことをやる」ことしかありません。血と闘争を好む性格のため、その行動は純粋な快楽殺人鬼で、殺したいと思ったら子供でも迷いなく手にかけようとします。しかし、戦いで片目を失っても相手を恨まず、互いに「やりたいことをやった」結果だと、異常者なりの信念を持っていました。

 序盤で「緑谷出久(デク)」に負けて収監されていたマスキュラーは、第306話から始まった「終章」で再登場し、再びデクに倒されます。そしてこの時にも、前にデクに負けたことを気にした様子はなく、ただ純粋に戦いを楽しんでいる姿が描かれたのです。

 多くの敵キャラが哀しい過去や複雑な事情を背負っている『僕のヒーローアカデミア』において、ただひたすらに自分のことだけを考える続ける彼の性格は、悪役らしい悪役として異彩を放っています。