横も後ろも向けずにカニ歩きの勇者様

 昔のゲーム業界では、ゲームソフトの容量が話題になることがままありました。大容量のゲームというのは、それだけで大作感があったものです。裏を返すと、それだけ昔はソフトの容量が少なかったということでもあります。

 初代『ドラゴンクエスト』の容量は、たったの64KB。比較として、最新作『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて S』はというと、公式サイトによると40GBだそうです。40GBは約4000万KBといえば、その差が分かりやすいでしょうか。

 容量やメモリの制限から、ゲームにはたくさんの工夫がなされていました。それは今のゲームと比べると、ちょっと不思議で、奇異にも思えるかもしれません。初代『ドラゴンクエスト』が当時の制約の中で何とか完成させるためにしている、今では考えられないような工夫を紹介します。

 今やゲームのグラフィックは3Dが当たり前ですが、当時はドット、平面の世界しかありませんでした。しかも、容量が足りないため、初代『ドラゴンクエスト』では横向きや後ろ向きのグラフィックは用意されていませんでした。

 その結果、常に前を向いていて、横に移動するとカニ歩きをしているように見えました。また、村などで人に話しかけるとき、話したい相手の方向を向くということができなかったため、きた、ひがし、にし、みなみという方向をコマンドでいれ、上下左右どの方向の人に話すのかを毎回指示していました。

 前を向いたまま動く勇者の姿は、今見るとかなり奇妙かもしれません。ちなみに、ローラ姫を救出すると、姫を抱えるグラフィックとなりますが、これはふたりのキャラクターを表示できないための、苦肉の策だったようです。しかしむしろドラマチックな演出になっていたように思います。

「ドラクエ」シリーズの名言とともに、裏話も収録された1冊。画像は「ドラゴンクエスト30thアニバーサリー ドラゴンクエスト名言集 しんでしまうとは なにごとだ!」原著 堀井雄二(スクウェア・エニックス)

初代『ドラクエ』で深くなると低くなるものなーんだ?

 BGMにも面白い工夫がなされていました。今のように、歌を入れるようなことは当然あり得ませんし、曲の数も少なければ、音数も少ないシンプルなものでした。というのも、ファミコンが同時に鳴らせる音は基本的に4つしかありません。しかもそのうちひとつは音階を持たないノイズです。

 それでも初代『ドラゴンクエスト』は現代にまで残るような数々の名曲を残しています。そのなかでも変わった仕掛けがあるのがダンジョンの音楽です。階が下がるにつれてテンポが遅くなり、音も低くなっていくのです。

 シンプルな曲の繰り返しではあるのですが、ゆっくりと低い音になっていくことで、ダンジョンの不気味さや恐怖さが醸し出されていました。この工夫は、あえて今のゲームでやっても、面白いかもしれません。

●使えないカタカナがある

 容量やメモリが少なかった影響は、文字にまで及んでいました。なんと初代『ドラゴンクエスト』ではカタカナに限って、50音すべてが使われていませんでした。

『ドラゴンクエスト30thアニバーサリー ドラゴンクエスト名言集 しんでしまうとは なにごとだ!』(‎スクウェア・エニックス)によると、使えたのは「イ、カ、キ、コ、シ、ス、タ、ト、ヘ、ホ、マ、ミ、ム、メ、ラ、リ、ル、レ、ロ、ン」の20文字だったそうです。半分にも足りません。

 しかし初代『ドラゴンクエスト』の呪文を思い浮かべると、ホイミ、ラリホー、ギラ、ルーラ、リレミト、ベギラマ、どれも見事にこの中に収まっています。

 ちなみに、初代『ドラゴンクエスト』の舞台と言えばアレフガルドですが、上記を見てわかる通り、「ア」や「フ」が使えないので、ゲーム中この名前が表記されることはないようです。

 ファミコン時代ならではの、初代『ドラゴンクエスト』の工夫を紹介しました。文字の制限などは今ではとても考えられません。しかし、その制約の中で生まれた呪文などが、その後何十年と親しまれ、愛され、残っていくことになります。