全国の塾や予備校で使われているAI学習教材を展開する『atama plus(アタマプラス)』。2017年に稲田大輔代表が大学時代の友人と立ち上げた会社だ。テクノロジーの力を活用して、基礎学力の習得にかかる時間を短くし、余った時間で「社会で生きる力」を身につけてもらいたい。そう願って会社を立ち上げたという。その原点は、意外にも南米ブラジルにあった。5年間のブラジル滞在で何を見聞きし、何を学んだのか。稲田代表に起業の「原点」と、AI学習教材の活用で子どもたちに託す「夢」を聞いた。

人工芝を敷き詰めたオフィスは「パーク」、出社ではなく「登園」する自由な働き方

―――東京・港区のオフィスは人工芝が敷き詰められているそうですね?
 サッカー場で使われている人工芝と同じものです。オフィスなんですけど我々は「パーク、公園」と呼んでいるんです。オフィスと呼んでしまうとどうしても、会社に指示されて嫌だけど無理やりに集まる場所みたいなイメージがあるかなと思いまして。みんなが自然とこの会社のミッションを実現したくて集まる場所っていうコンセプトで職場を公園のような造りにして「パーク」と呼んでいます。
―――ではみなさんは「パーク」に出社するんですね?
 出社じゃないんですよ。「登園する」とか言っていますね。オフィスには広場のような場所があって、みんなそれぞれ好きなスタイルで仕事をしています。そのほうが実は仕事の生産性が上がりますし、みんな仲良くなりやすいです。そして、良い文化を形成しやすいかなと思っています。広場に置いてあるYogiboでくつろぎながら仕事をする人もいますが、午後ぐらいになると爆睡している人たちもいます(笑)。
―――atama plusの強みはどういったところでしょうか?
 atama plusは、ミッションをとても大事にしている会社です。「教育に、人に、社会に、次の可能性を」というミッションを掲げています。「教育を通じて社会を変える」という夢の実現を何としてでもやり遂げるんだというメンバーが集まっていて、全員がそのミッションに向かって一丸となっているカルチャーがある。そのことが一番の強みなんじゃないかなと思っていますね。

三井物産に入社後「笑顔の原点」を探しにブラジルへ

―――大学院を修了されて大手総合商社「三井物産」に入社されたんですよね?
 起業をする前は三井物産で働いていました。元々、大学時代に就職活動をするときに「何のために働くのかな?」と考えました。ちょうど大学生のときにお笑いをやっていたこともあって、当時「国民総笑顔量」、グロス・ドメスティック・スマイル「GDS」って呼んでいたんですけど、仕事を通して「人の笑顔の総量を増やすような仕組みを作りたい」という考えに至りました。人材や財源が豊富な三井物産だとそうした仕事ができるんじゃないかと思い、就職先に選びました。

―――入社した後ブラジルに留学されたんですよね?
 いろいろと調べる中で、ブラジルは「あなたは幸せですか?」って訊ねられたら「幸せです」って答える率が世界1位だと、当時何かのデータで見たんです。そこでブラジルが面白いなと思いブラジルに行こうと思い立ちました。「なぜブラジル人は幸せなのか?」を追求することで、笑顔の原点がわかるんじゃないかと考えました。ちょうど当時、ブラジルに留学する制度が三井物産にありましたので「笑顔の原点を探しにいかせてください」とお願いをして留学させてもらったんです。

―――実際にブラジルの人は笑顔が多かったですか?
 非常に笑顔の総量が多い国だと思いましたね。なので留学しながら、なぜ笑顔の総量が多いのかを追求する旅を約1年間しまして、そこから教育事業をやろうと思うようになったという感じなんです。きっかけは、たまたまパーティーで出会ったブラジルの公立高校の先生でした。僕の思いをつたないポルトガル語でプレゼンしまして「教育の現場を見てみたいんだ」と言ったら「いいよ、私の学校に来なよ」ってことで入れてもらってですね、先生のクラスに3か月間ずっと通わせてもらいました。

ブラジルの子どもたちのコミュニケーション力に仰天

―――3か月も通われたんですか?
 日本から来たブラジルの教育に興味がある人っていうことで、教室に座らせてもらって、ずっと授業参観をさせてもらったような形でした。でも、いきなりビックリしたのは、1時間ぐらいの授業なんですけれど、初日に「きょうは日本からゲストが来ています」と紹介をされて、パチパチパチって拍手されて授業がスタートしたんですけれど、もし日本に外国から誰か授業参観をする人が来たときはパチパチパチって拍手して終わりだと思うんですが、ブラジルの子どもたちは全然、違ったんです。

―――何が違ったんですか?
 1時間の授業が僕への質問で終わっちゃったんですよ。「日本の食事ってどうなの?」とか、「日本ってアニメが流行しているんでしょう?今の流行を教えてよ」とか、「日本のゲーム事情を教えて」とか、みんなすごく積極的に僕に質問してきて驚かされました。ブラジルの大人は自己表現力が高いと思っていたんですけど、「子ども時代からこんな感じなんだ」っていうのを知って初日から衝撃を受けたのを覚えています。

―――子どものころからコミュニケーション力が高いんですね?
 ブラジルの良いところ、日本の良いところそれぞれあると思いますが、ブラジル人が自己表現を豊かにするのは、日本が学んでもいいところだと思いました。僕たちは「社会で生きる力」って呼んでいるのですが、自己表現力だったり、コミュニケーション力だったり、プレゼンテーション力だったりのブラジルの人たちが持っている力、つまり日本の受験には出てこないような力と、日本の受験に出てくるような基礎学力のどっちもあったら最強だなと。そうすると一番、笑顔の総量を増やせるなって思いましたね。

「笑顔の総量を増やしたい」商社を辞め起業

―――ブラジルから戻ってきて何か業務を立ち上げようと考えたのですか?
 ブラジルで学んだ良いところと日本の良いところを組み合わせた幼少期の過ごし方の仕組みを作りたいと思い始めたんです。そこで最初は、教育事業を三井物産の中で立ち上げました。その後、さらにテクノロジーを活用して大きく世の中を変えるような教育を作ろうと思ったときに、起業した方が実現により近いかもしれないなって思ったんです。

―――三井物産で仕事を続ける選択肢もあったと思うのですが大きな決断ですね?
 あまり大きな決断とは思っていなかったですね。「起業するんだ!」とか「社長になりたいんだ!」とかそういう思いはなくて、死ぬほど教育を変えたい、何としてでも国民総笑顔量を増やしたい、そのために「教育を変えるんだ!」っていうのが第一にありました。なので、「そのための一番の手段は何なんだろう?」って考えたときに、独立して会社を作る方が夢の実現に一番向かいやすいんじゃないかっていう思いで独立を決めました。ずっと夢の実現に向かって一番良い手段を取ってきたという感じです。

―――夢の実現に一番早い道を考えたら起業だったと?
 何か大きく踏み出しただとか、リスクを取ったみたいなことは、考えていなかったと思いますね。人から笑いを生み出すこと自体が自分自身のハッピーにもつながっていて、人の笑顔の総量を増やすって、とても楽しいことなんだなって思っています。人生をかけるのであれば、仕事を通じて世界の人たちの笑顔の総量を増やすようなことに貢献できれば、自分自身がとてもハッピーだなと思いましたね。

「納得できません」共同設立者の妻が起業に猛反対

―――起業するには仲間も必要でしょうし、苦労はありましたか?
 今のatama plusのAIの根幹を作っているエンジニアは、大学のクラスの同級生なんですが、彼を口説くには奥さんの了解を得なきゃならなくて、奥さんの説得には本当に苦労しました。奥さんは起業には反対で、説得するためにファミリーレストランへみんなで行って朝8時ぐらいから夜8時ぐらいまで、10時間近く「旦那さんの力を貸してください」っていうお願いをして、「こういう事業を作りたい」「こういう未来を作りたいんだ」というプレゼンをし、それでも奥さんからは「ちょっと納得できません」みたいな反対意見をいただきまして。

―――奥さまにしたら生活がかかっているわけですもんね。
 そうですよね。奥さんにしたら「会社は絶対うまくいきますか?」っていう不安ですよね。でも最後は、彼も「自分がやってうまくいかせるんだ」っていう思いを語って、最後はみんなで起業についてなんとか合意に至ったという感じです。それから「atama+」というひとつの教育システム、AIを使った教育システム自体をゼロから作り始めました。

AIと人間の得意分野を組み合わせた「新しい学習のカタチ」

―――AIを使った学習教材とはどういうものなのですか?
 AIの先生のようなものを作っていて、AIの先生は生徒の強いところとか弱いところや、目標、過去の学習履歴などいろいろなデータをとってきて、それぞれの生徒に合わせた教育システムを作るんです。つまり、教育をパーソナライズするってことをやっています。本当は子どもたちひとりひとり学習習得の速度は違うはずなので、その子その子に合った教育カリキュラムを作り、その子その子に合わせた教材を提供するっていうことをAIが自動的にやっています。

―――AIだと生徒それぞれへの教え方が瞬時にわかると?
 瞬時に1問1問のデータを全部取りますので、問題を解くたびに「次はこの問題がいいんじゃないか、この講義がいいんじゃないか、これぐらいの難易度がいいんじゃないか」と分析して、その時々で一番合ったものをAIが自動的におすすめしてくれます。そして人間の先生には人間にしかできないこと、例えば生徒と一緒に目標を定める、「将来、こういうことやりたいから今はこれをやろうか」だとか、勉強の仕方を教えるとか、褒めたり励ましたりするとかは、人間が得意なところですので人間の先生が担います。

―――「この子は今やる気が出ている」とか「ちょっと集中力が途切れてきた」とかの表情を見るのは、人間の先生の役割なんですね?
 もちろんAIでサポートできる範囲は人間の先生をサポートしていまして、例えば「atama+」で勉強する教室で「誰々さんの集中力が今、落ちていますよ」とか「誰々さんの手が止まっていますよ」とか「誰々さんは今とてもいい感じなので褒めてあげた方がいいですよ」みたいなアドバイスは先生に送っているので、先生はAIから自動的にメッセージを受け取って声をかけにいくだとか、ちょっと心配な生徒さんの様子を見にいくという動きができるようになってきています。

―――ですが、みんなが勉強好きになりますかね?
 なります、なります。ぜひ「atama+」を使ってみてください。わからないことがわかる経験をするとみんな勉強好きになるものですよ。勉強が苦手って言っている人は、周囲に洗脳されていることがあって「あなたは勉強が苦手だよね」とか言われ続けるとそう思いがちです。でも、できるところまでさかのぼって少しでもできるようになる経験を積むことで「自分にも勉強ができる」となって勉強好きになると思いますよ。周りが褒めてあげること、そして自分に合った勉強法にするのが大切です。その子のレベルに合っていない勉強をしても嫌になっちゃいますので、その子が一番やらなきゃいけないところを見つけ出してそこから学習していくっていうのは大事だと思います。

基礎学力の習得時間を短くして「社会で生きる力」を学ぶ

―――ブラジルで大切さを感じた「社会で生きる力」をつけるには?
 テクノロジーの力で基礎学力の習得にかかる時間をグッと短くできれば、余った時間、創出された時間で「社会で生きる力」を学ぶ、そんな未来が作れるんじゃないかと思っています。いわゆる受験には出てこないような「仲間と一緒に働く力」、「コミュニケーションする力」や「プレゼンテーションする力」ですね。いずれは、基礎学力と社会で生きる力の両方を提供していきたいと思っています。今は、第1弾の基礎学力を効率的に、かつ効果的に提供するということにフォーカスしていて、第2弾の「社会で生きる力」編に早く行きたいと思っています。

―――今の稲田さんの夢は何ですか?
 もっと早くミッションの実現に近づきたいと考えています。「教育を変えて、社会を大きく変革するんだ」っていうミッションに対して、まだ0.1合目ぐらいだなと思っていますので、それをもっと加速するにはどうしたらいいんだろうかと。世界中で数億人っていう生徒に教育を提供したいなと思いますが、まずは日本でできるだけ早く基礎学力を学ぶ仕組みをお届けできればというのが、ずっと頭を占めていることです。

―――最後に稲田さんにとってリーダーとは?
 ミッションに向かい続けることだと思います。ミッションとはすなわち、会社で最も大事にしていて、どういう世の中を作りたいんだという一番大事にしているところですよね。そのミッションの大切さを誰よりも信じていて、そこに向かい続けることだと思っています。                                               

■稲田大輔 1981年に東京都に生まれる。2006年、東京大学大学院を修了して三井物産に入社。社内留学などで滞在したブラジルで教育事業に関心を持ち、2017年に起業。

■atama plus 本社は東京都港区。AI学習教材「atama+」を導入する塾や予備校の教室の数は、全国で3400を超える。従業員数は約200人。

※このインタビュー記事は、毎月第2日曜日のあさ5時30分から放送している「ザ・リーダー」をもとに再構成しました。
『ザ・リーダー』は、毎回ひとりのリーダーに焦点をあて、その人間像をインタビューや映像で描きだすドキュメンタリー番組。
過去の放送はこちらからご覧ください。


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