比亜迪の低価格戦略の背景

 中国EV最大手の比亜迪(BYD)は、2024年2月に「ガソリン車よりも安い電気自動車」というスローガンを掲げ、新エネルギー車の低価格戦略を発表した。

 2024年モデルにてバッテリー式電気自動車(BEV)「秦PLUS EV」が10万9800元(約230万円)から、プラグインハイブリッド車(PHEV)「秦 PLUS DM-i栄耀エディション」は7万9800元(約165万円)からである。この低価格戦略に対して、外資系や地場の自動車メーカーも、やむを得ず追随して価格を下げざるをえなくなった。

 それにしても、自動車関係者であれば、なぜこれほど価格を下げることができたのだろうか、と疑問に思うであろう。特に新エネ車開発に携わっていた人ならばなおさらである。

 今回は「秦 PLUS DM-i栄耀エディション」を取り上げ、なぜBYDだけがこれほど車両価格を安くできるのか、筆者(和田憲一郎、e-mobilityコンサルタント)なりに考えをまとめてみた。

秦 PLUS DM-i栄耀エディション(画像:BYD)

五つの理由

 BYDが車両価格を大幅に下げることができた五つの理由は、次のように考えられる。

●自社開発・製造のブレードバッテリーによりコスト低減
 製造コストのなかで、部品費は大きな割合を占め、そのなかでもバッテリーは最大である。BYDは「Blade Battery(ブレードバッテリー)」と呼ばれるリン酸鉄リチウムイオン電池(以下、LFP電池)を採用している。欧米の自動車メーカーが、ニッケル、マンガン、コバルトの三つの希少金属を主成分とする三元系(NMC)リチウムイオン電池を採用することが多いなかで、電池価格を抑え、かつ安全性を優先させるため、LFP電池に開発を絞っている。BYDは車両や電池容量は異なってもブレードバッテリーを採用し、2023年は300万台を超える大量生産によりコスト低減を図った。これはテスラ(北米と中国にてバッテリー仕様分離)始めどの自動車メーカーも及ばない点であろう。

 また、多くの自動車メーカーが、バッテリーを電池メーカーから購入するに対し、BYDは自社開発・製造することがコスト削減に大きな役割を果たしている。三元系を購入する自動車メーカーに比べ、バッテリー単価は半額以下になっているのではないだろうか。

●最廉価バージョンにて仕様割り切り
 コスト低減は車種のグレードにも表れている。「秦 PLUS DM-i栄耀エディション」は五つのグレードがあり、7万9800元の車種は最廉価グレードの「55km先行型」と呼ばれる。それ以外には、「55km超越型」が9万5800元、「120km先行型」が10万5800元、「120km超越型」が11万5800元、「120km卓越型」が12万5800元である。

 この最廉価車「55km先行型」は、装備仕様の面でかなり割り切った形となっている。特にEV走行の「NEDC走行距離」がグレードの名前についているとおり、「55km先行型」のバッテリー容量は8.3kWhである。「120km先行型」の18.3kWhに対して45%にとどまっている。充電は普通充電のみであり、急速充電仕様は装着されていない。ここでもバッテリー価格や急速充電の装備品を抑えている。

秦 PLUS DM-i栄耀エディション(画像:BYD)

部品費の削減と一体化

 BYDが車両価格を大幅に下げることができた残り三つの理由だ。

●部品費の大幅削減
 以前に、BYD SEALの分解調査に立ち会って気づいたことがある。BYDはブレードバッテリーのセル自体に強度を持たせてボディーの一部とするCTB(Cell to Body)構造を採用することで、空間利用率を向上させ、エネルギー密度の低さをカバーしている。そのため、ボディーのフロアパンの大部分が不要となり、コスト低減と軽量化を図っている。しかし、バッテリー自身がCTB構造により一体化するということは、分解が極めて難しい。開発側はリサイクル性を考慮しない方針としたのであろうか。ある意味、すごい割り切りである。

 またBYD SEALではe-Axleとして「8 in 1」と呼ばれる8部品、

1.モーター
2.インバーター
3.T/M
4.DC-DCコンバーター
5.車載充電器
6.BMS
7.車両コントローラ
8.PDU

が一体化されていた。「秦 PLUS DM-i栄耀エディション」の開発思想も一体化であり、パワートレイン外観を見る限り、e-AxleもSEALに類似するよう一体化されている。おそらくシンプルなe-Axle「3 in 1」に比べて2〜3割コスト低減されているであろう。またエンジン関連部品も別の一体化を図っており、2ブロックを合体させることで、コスト低減を図っているようだ。

●ソフトウエア開発スピードの迅速化と費用削減
 BYDは、OTA(Over The Air)などのソフトウエアを自社で開発しているという特徴がある。テスラと同様に、多数のソフトウエアエンジニアを保有しているため実現できる。現在、自動車の機能や性能がソフトウエアによって決定されるSDV(Software Defined Vehicle)が主流となっているなか、他社に開発を委託することが多い日系自動車メーカーなどとは一線を画している。このような自社開発の取り組みは、開発スピードの迅速化、開発費用削減、製品の品質管理、独自性の確保、そして市場へ対応といった面で大きな利点をもたらしている。

●自動車メーカーの利益低減も許容
 BYDの2023年の販売台数は302万台、純利益80%増の300億4100万元(約6300億円)、自動車および自動車関連製品の粗利率は23%で、米テスラの18%を上回ったようだ。これに対して、2024年は対前年比20%増の360万台販売が目標とのこと。今回の価格低下戦略にあたり、BYDは多少利益を減らすかもしれないが、台数増にてカバーしたいと表明している。おそらく、自社のみならず、販売店の値引きなどもあまり実施せず、自動車メーカー、販売店が一緒になって低価格競争を勝ち抜く意気込みではないだろうか。

BYDのウェブサイト(画像:BYD)

競争激化ののろし

 BYDの挑戦的な低価格戦略は、新エネ車競合メーカーへの振り落とし戦略である。そのため、生産台数の少ない自動車メーカーがマネをすれば、あっという間に赤字幅が拡大し、経営的に危機にひんする。

 またガソリン車、ハイブリッド車は次第に減少していくものの、かなり時間がかかると思っていた欧米始め日系自動車メーカーにとっても、一気に競争激化ののろしがあがったといえる。

 もし、まだ大丈夫と様子見をしていると、中国市場から撤退を余儀なくされる可能性も出てくるのではないだろうか。