奥多摩町留浦(とづら)の「島勝食堂」が3月31日、67年の歴史に幕を閉じた。島崎軍治さん・幸子さん夫婦が仲むつまじく店を切り盛りし、地元住民や観光客らに支えられてきた東京最奥の大衆食堂の閉店を惜しむ声が聞かれる。(西多摩経済新聞)

 奥多摩湖の西端にある同店は1957(昭和32)年、小河内ダムの完成と共にのれんをかけた。当初は奥多摩湖観光がブームとなり、観光客でにぎわった。同店近くにある深山橋の東には湖を渡るロープウエーも営業していた。だが、関東一円の交通網の充実と高速道路の開通などにより、奥多摩湖や御岳渓谷などの観光需要は低迷。客層は登山客や釣り人に移ったが、ここ数年はツーリングなどで再び観光客に利用されてきた。

 メニューはなるべく手作りし、手をかけたものを提供してきた。中でも来店客に喜ばれたのが、「味、ボリューム共、多くの客が満足した」という「カツ丼」と、たくさんの小鉢が並ぶ「とろろめし定食」。おふくろの味、家庭の味として多くの人の記憶に残った。昔、無銭飲食があったことがテレビドラマで取り上げられたこともあったという。閉店の理由は夫婦の高齢化。

 閉店月は大いににぎわいを見せ、雨の降る平日でも行列ができた。最終日は、最後の客が帰った後、子どもや親族が集まり、ささやかなお疲れさま会が開かれた。幼い日から両親の奮闘ぶりを見て育った島崎勘さんは「やり切った父と母の表情はとても爽やかだった。長い間ありがとう」と頭を下げた。