今季のスーパーGTはまさに「走る実験室」としての本領を発揮。環境に配慮したカーボンニュートラルフューエルのGT300クラスへの導入が、これからの見どころのひとつとなっている。一見、矛盾しているようにも思える「環境に優しいモータースポーツ」が秘めているのは、僕たちが愛してやまない内燃機関の未来。技術面で大会を強力にサポートするBoschのエンジニアにも話を伺いながら、現状と課題について考えてみた。

見どころは「速さ」だけじゃない。スーパーGTは「クルマの未来」を変える?

AUTOBACS SUPER GT(以下スーパーGT)シリーズ第2戦「FUJIMAKIGROUP FUJI GT 450km RACE」が開催されたのは、ゴールデンウイークが本格的に始まるタイミング。ということで、行楽渋滞はそれなりに覚悟していたから、まあよし。

想定よりも早めにサーキットにたどり着いたところで、気持ちの良い空模様に心が癒された。せっかくの「環境に優しいモータースポーツ」・・・観戦にはやっぱり好天が似つかわしい。

待ったなしの環境問題に対応すべく、世界中のモータースポーツシーンで「サスティナビリティ」を模索する取り組みが進んでいる。フル電動のフォーミュラEはもちろんだけれど、WECやWRCといった国際格式の伝統あるレースイベントにおいて、ハイブリッドシステムと再生可能な合成燃料を組み合わせたカテゴリーが設定されるなど、内燃機関の高効率化にも積極的に取り組んでいる。

BEV主導で対応が進んできた欧州では2035年以降も、ゼロエミッションカーだけでなく合成燃料(e-フューエル)対応車でも、例外的に新車販売が可能になることが決定している。CNF全般への注目度は、グローバルで高まっているように思える。

日本を代表するモータースポーツ「SUPER GT」シリーズにおいても、2030年までにシリーズ全体のCO2排出量半減を目指した環境対応ロードマップ『SUPER GT Green Project 2030』が発表された。今季からの「カーボンニュートラルフューエル(以下CNF)」の実戦投入は、そのコアとなる変革のひとつだ。

バイオマス由来ながら、ハイオク同等の性能をキープ

レースシーンではもちろん、スポーツカーが主役。けれど、CNFの実用化が市販モデルにもたらす恩恵は、たとえばハードでもソフトでもライバルを圧倒する「マウントどり」が求められるラグジュアリークラスにいたるまで、高級車を謳うセグメント全般に渡ることになるだろう。

スーパーGTで採用されているのは、ドイツに本拠を持つ「Haltermann Carless(ハルターマン・カーレス)社」のCNFだ。「ETS Renewablaze GTA R100」と名付けられた燃料の原料は、第2世代バイオマス(一般的には植物ゴミを指す)として知られるセルロースで、生成された炭化水素と酸素含有物をもとにしたバイオ成分100%の燃料である。

従来のスーパーGTでは、市販されているものと同じ無鉛プレミアムガソリンが使用されてきた。それに代わるCNFは事前のベンチマークテストなどによって、同等の性能であることが確認されている。燃料としての品質を左右する「性状」と「オクタン価」は日本のJIS K2202:2012規格に適合しており、出力低下や部品劣化などは認められていない。

もっとも、2022年シーズン後に各チームが参加して行われた走行テストでは、ドライバーやメーカーによって評価が分かれたようだ。GTアソシエイションの公式HPによれば、多くのドライバーが「違和感は感じなかった」とコメントしている。一方で、若干のパワーダウンやフィーリング悪化、特殊な臭いがするといったマイナス面を指摘する声もあった。

気になるお値段の方は、やはり普通の無鉛プレミアムガソリンとは比べものにならない。一説によれば、リッターあたり1500円ほどするという。もちろん、そのコストはまんま参戦チームにゆだねられてはいない。自動車メーカー、タイヤメーカー、GTアソシエイションが負担増分を補助し、残りをチームが支払う形になっているようだ。

重要な部品共通化がもたらすのは、信頼性と安定感の向上

主催者にとっても参加チーム、メーカーにとっても、おそらくはいろいろな意味で、ちょっとした「不安」を抱えての開幕となったはずの2023年シーズン・・・だが、第1戦岡山300km、第2戦富士450kmにおいては、エンジントラブルなどの問題は起きていない。実際に富士スピードウェイにいても、事前に伝えられていたような「臭い」を実感することはなかった。

ただし、今のところ実戦でCNFが使用されているのはGT500クラスのみ。GT300クラスは第2戦まで、従来どおりの燃料を使い続けている。GT500の場合、圧倒的にワークス色が強い=メーカーによる手厚いサポートがあることが、素早く対応できたひとつの理由だろう。

それ以外にも大きな「原動力」のひとつなっていると思われるのが、重要な機能部品の共通化だ。

GT500の車両規則が大きく変更されたのは、2014年シーズンから。カーボン製のモノコックシャシー、前後インボード式のダブルウィッシュボーン・サスペンションをはじめ、多くの機能パーツが共通化された。外板はフレームに市販車両に似せたカウルを被せて、それぞれに空力的チューニングを加えながら見た目を差別化している。

クラッチや燃料系に使われるモーター類を供給しているZFなどとともに、パワーユニット制御に関わる多くの部品を供給しているのが、ドイツのサプライヤー「Bosch」だ。具体的には同社のECU(エンジンコントロールユニット)、マルチディスプレイ、パワーボックス、高圧燃料ポンプ、インジェクター、ワイパーモーターをGT500マシン全車両が搭載している。

部品共通化がもたらす恩恵のひとつは、ハードなレースシーンにあっても機構的なトラブルを防ぎ、安定したパフォーマンスを発揮できることにある。技術的信頼性に裏付けられた部品を使うことで、不要なトラブルやそれに起因する事故を避けることができるし、結果的に興行としてのレースの面白さを担保することにもつながるだろう。

もちろんそこには「イコールコンディションを保つ」という名分もある。ただしそれは必ずしも、横並びのパフォーマンスを意味するものではない。逆にイコールコンディションを徹底することで、メーカーやチームごとの技術やノウハウの違いが生まれやすい「土台」を築いているのだ。

V12にも対応できる「処理能力」を持った高性能ECU

それでは具体的に、どのような「共通化=土台作り」が行われているのだろうか。富士スピードウェイで開催され2023 AUTOBACS SUPER GTシリーズ第2戦「FUJI GT 450kmレース」で技術的なサポートを担っていた、ボッシュ エンジニアリング株式会社のモータースポーツ部 アジア シニアマネージャー、河内洋文氏に現地で話を伺うことができた。

河内氏によれば、部品共通化の作業に求められる大きな役割と言えるのが、精度の高いソフトウェアの提供だという。

たとえば「エンジンコントロールユニット(ECU)」は、「決められた量の燃料を決められたタイミングで供給(噴射)、点火する」ことが必要。「部品の共通化」ではその制御の高度な正確性が求められる。そのためにクランク角/カムポジションなどの精密な計測は不可欠だ。エンジン回転数を含むコンディションを確実に把握し、適切なポイントでインジェクターを動かして燃料を噴射、点火させる。

各パーツの機構が正しく動作することはもちろんだが、精密なセンシングと適切なフィードバックといったソフト面での精度が高くなければ、各メーカー、チームのエンジニアは正しいキャリブレーション(適合作業)を進めることができない。最適値を引き出すためには、信頼できるソフトウェアは不可欠・・・というより、それが「できて当然」になっていなくてはならない。

ボッシュが供給するECUは、レースという特別なシーンでそんな「できて当然」を守るための重要な土台となっているわけだ。

GT500マシンではそれぞれのメーカーが開発した2L 直列4気筒ターボエンジンを制御しているが、レースシーンでは非常な高回転までスムーズに滞りなく回ることが求められる。その時、計測・処理されるデータ量は半端な容量ではない。だからこそ供給されるBosch製ECU「MS7.4」には、量産車レベルであればV12ユニットにまで対応できるポテンシャルが与えられているという。

同時に、コストバランスにも配慮した性能設計が求められるなど、部品の共通化がクリアすべき課題は多岐にわたる。そこに長年に渡って培われてきたBoschならではの技術やノウハウが、蓄積されていることは、言うまでもないだろう。

●Bosch エンジンコントロールユニット「MS 7.4」の 主な特徴

GT300クラスにも実戦投入。CNFの本気がいよいよ試される・・・はずだった

それでは、2023年から始まったCNFの導入に伴って、ボッシュ エンジニアリングは具体的にどのような対応を行っているのだろう。河内氏によれば、そこに「特別なこと」はとくにない、という。なぜならそもそもハルターマン・カーレス社が提供するGTA R100は、性状としてもオクタン価も、燃料として求められる規格をすべて満たしていたからだ。

その上で、GT500の各チームはそれぞれに独自のキャリブレーションを施したうえで、実戦に臨み、勝利を目指す。なるほどそれは、「今までの」取り組みと大きな違いはない。

そうなると対照的に、GT300クラスの対応が遅れているのは部品が共通化されていないため、とも言えるような気がしてくる。多彩な車種、エンジン形式の市販車をベースに、GTA-GT3やGTA-GT300、GTA-GT300MCといった微妙に異なるレギュレーションに則った競技車両が揃うややこしいカテゴリーだけに、BoP(性能調整)を含むさまざまな個別対応が必要とされるからだ。

GTアソシエーションからは4月3日に、三重県鈴鹿サーキットで開催される第3戦からの導入がアナウンスされた。富士戦直後の5月8日からは同サーキットで、専有テストが行われている。より市販モデルに近しいツーリングカーたちの挑戦には注目していたのだが・・・5月19日、鈴鹿戦での採用延期が正式にリリースされてしまった。

ちなみにGT3マシンが再生可能燃料で活躍した例のひとつに、北米で開催されたパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムースに出場したベントレー コンチネンタル GT3が挙げられる。4L V8ガソリンターボを搭載したマシンにバイオ燃料を採用、圧倒的な標高差というタフなシチュエーションで見事に優勝を飾っている(2021年)。

南米チリにおいて合成燃料を製造する「ハルオニ プロジェクト」に参画しているポルシェも、2021年には2022年シーズンから「911 GT3」のワンメイクシリーズ「Porsche Mobil 1 Supercup」でのe-フューエル採用を明言した。

GT500で毎戦展開される、見ごたえたっぷりのバトルを見ていても、CNFに「大いなる可能性がある」ことはもはや実証されている、と言っていい。だからこそ、内燃機関の明るい未来を願うイチ自動車好きとしては、GT300クラスへのCNFの導入に思い切り期待している。

そのためにはGT300クラスに対しても、各自動車メーカーのより強力な協力体制が必要になるだろう。ベントレーやポルシェなどに続いて、「本気」で対応することが求められている。願わくばなるはや、で。(写真:井上雅行、GTアソシエイション、Bosch)