2023年11月に公開され、4月15日からはAmazon Prime Videoでの購入配信、4月29日(月)からは早速見放題配信が行われる『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(23)。テレビアニメなどで放映されている「ゲゲゲの鬼太郎」といえば、子どものころに観た!という人も多いかもしれないが、本作は映倫の「PG12」作品に指定されるなど、通常よりも上の年代に向けて制作されたものということもあり、そのストーリーの奥深さやキャラクターの魅力が大ヒットにつながったとも言われている。

劇場に繰り返し足を運ぶリピーターを多数生みだし、SNSでの盛り上がりから異例のヒットとなった本作。今回はそのストーリーを振り返りつつ、作品の魅力について改めて探っていきたい。

※本記事は、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。未見の方はご注意ください。
■ある一族が支配する村で起こる怪死事件と秘薬「M」の謎

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は、戦争の終結から10年あまりが経過した昭和31年の日本が舞台。血液銀行に勤める主人公の水木(声:木内秀信)が会社からの密命を受けて、とある一族が住む「哭倉村」を訪れるところから始まる。一族の名は「龍賀一族」。秘密裏に流通している秘薬「M」の製造元であり、戦争を機に巨万の富を築いた一族の当主の死をきっかけとした跡目争いに水木も巻き込まれていく。

水木が村に到着したその夜、当主である時貞(声:白鳥哲)の遺言によって跡継ぎとなるはずだった長男、時麿(声:飛田展男)が謎の死をとげる。その容疑者として村の衆に捕らえられたのは、背が高く痩せた白髪の男。水木のように龍賀一族へのアポイントがあるわけでもなく、”怪しいよそ者”とその場で殺されそうになるところを水木がとっさに止めたことで、男は死をまぬがれて座敷牢へ。水木も監視役として、同じ部屋へ入れられることになる。この男こそが、のちに「目玉おやじ」となる、鬼太郎の父(声:関俊彦)。幽霊族の末裔で、失踪した妻の気配を追って哭倉村へやってきたという。自ら名乗ることはせず、水木によって「ゲゲ郎」とあだ名をつけられることに。

思わぬ形で出会った2人だが、ゲゲ郎が探る妻の行方と、水木が追う「M」の秘密は、龍賀一族の存在によって最悪の形で交差していく。

■一人の人間の突き抜けた欲望と醜さに翻弄される人々

龍賀一族の当主であり、登場時にはすでに死亡している時貞という男の野望は、自身の一族のみならず、村をも飲み込み自分一人がこの国と世界を支配することだ。水木が真相を探っていた秘薬「M」は、ゲゲ郎の先祖である幽霊族の血と、そして生きた人間が原料。哭倉村では長年に渡り、禁足地である窖(あなぐら)で様々な人々を利用し「M」の製造を行っていたのだ。

それどころか時貞は、自らの老いた身体を捨て、孫である時弥(声:小林由美子)の身体を乗っ取り、この世のあらゆる快楽をむさぼり続けようとしていた。とどまるところを知らない人間の欲望や醜さが、観る者に様々な感情を抱かせる。救いのないストーリーでありながら観る人を惹きつけてやまない作品でもある。

■登場人物たちの個性に心奪われる

また、本作の見どころとして特筆すべきは水木とゲゲ郎というキャラクターの魅力とその奥深さだろう。水木はシニカルな野心家を気取りながらも、どこか良心を捨てきれない男。ゲゲ郎はひょうひょうとした呑気な青年という印象で、互いに対照的な人物としてデザインされている。

ミステリー色の強かった物語の前半とは雰囲気が変わり、中盤からは村長の長田(声:石田彰)が率いる村の衆=裏鬼道(禁じられた外法)の使い手たちとのバトルや、時貞が差し向けてくる妖怪「狂骨」たちとの闘いなど、アクション要素が盛り込まれるのも見どころの一つだ。ゲゲ郎は好戦的なタイプではないが、いざとなるとその強さはさすが「鬼太郎の父」!と絶賛したくなるほど。人間相手なら優れた体術、妖怪相手なら下駄と霊毛も加えてのアクションを演じてみせる。普段のゆったりとした言動からは打って変わって、襲い来る敵を俊敏になぎ倒していくゲゲ郎の姿は、彼の新たな魅力として観る者を圧倒し、魅了するはずだ。

水木もまた、人間でありながら大きな強さを秘めている。玉砕作戦を生き延びた元日本兵でもあり、厳しい訓練や理不尽な暴力、そして過酷な戦争に耐えてきた人間の強さをもっている。血桜の妖気にあてられながらも時貞に致命的な一撃を与えた水木だが、その原動力は、沙代や時弥といった年少者、さらに一族のすべてを自分の駒のように利用してきた時貞への強い憎悪であった。水木とゲゲ郎、2人のジャンルの異なる“強さ”もまた、心を奪われる要因の一つだと言えるだろう。

■水木とゲゲ郎は、“同じ方向”を向くバディ

水木とゲゲ郎は、長年の絆や信頼関係のもとに機能する”背中を預け合える”タイプのバディではない。互いが自分の目的のために動き、その結果が偶然か必然か、互いのためになっていく…、そんな”同じ方向を向ける”タイプのバディであるように思う。時貞との戦いを終えた水木は、それまでの出世に対する野心やしたたかさをなくして進むべき方向を見失い「もうこんな国は滅べばいい」と言う。しかし一方のゲゲ郎は、「お主が生きる未来、この目で見てみとうなった」と口にする。

「M」の秘密と人間の底知れぬ醜悪さに触れた水木は、半ば自暴自棄にもなっていたようにも感じられる。そんな水木に、ゲゲ郎は唯一の希望を預け、進むべき道を示した。残されたただ一つの希望は、ゲゲ郎の妻が身ごもっていた子ども。ゲゲ郎は水木に妻を託し、自分は狂骨たちの怨念をしずめるために残る選択をする。鬼太郎の父と、のちに墓場から生まれた鬼太郎を発見し養父となる水木。二人の父の出会いが描かれる『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』、いま一度じっくりと鑑賞したい作品のひとつだ。

文/藤堂真衣

※種崎敦美の「崎」は「たつさき」が正式表記