歴史上の重要人物や、人気小説の主人公は、何度も映画化やドラマ化されることで、演じる俳優も多岐に渡っていく。一つのキャラクターが、俳優によってどう変化するのか。それは観る側の大きな楽しみだ。ジェームズ・ボンドやエルキュール・ポアロなどが代表例だが、この人も忘れてはいけない。トム・リプリー。4月からNetflixで配信され、大絶賛で迎えられている「リプリー」も、役と俳優の組み合わせを振り返りたくなる作品だ。

■『異人たち』で注目のアンドリュー・スコットがトム・リプリーに

今回の「リプリー」でタイトルの主人公を務めたのは、アンドリュー・スコット。山田太一の原作をイギリスで映画化した『異人たち』(公開中)でも主演を任されるなど、いま最も注目を集めるアイルランド出身の俳優だ。ある富豪から、イタリアにいる放蕩息子、ディッキー(ジョニー・フリン)を連れ戻してほしいと雇われたトム・リプリーが、ディッキーに対して屈折した感情を抱き、犯罪に手を染める。貧しい青年の上昇志向、上流階級へのジェラシー、相手をだます天才的発想、変身願望…と、俳優として様々な表現が試されるリプリー役で、今回のスコットの演技は精緻さと大胆さ、恐ろしさを最高のバランスで見せることに成功した。

■映画史に残るリプリーを作り上げた『太陽がいっぱい』のアラン・ドロン

トム・リプリーを誕生させたのは、アメリカの小説家パトリシア・ハイスミス。1955年に発表した「リプリー」は、今回を含め何度か映像化されているが、最も有名なのが、1960年のフランス映画『太陽がいっぱい』だ。リプリーを演じたのは、アラン・ドロン。“世紀の二枚目”と称され、それまで何本かの映画に出演していた彼だが、この『太陽がいっぱい』で世界的な人気スターとなった。

ドロンの魅力は、正統派のモデルのようなマスクながら、どこかミステリアスな“陰”がちらつくところ。陰影のある美貌が周囲を翻弄するという意味で、リプリーはハマリ役となった。なかでもクライマックスの海岸でのシーンは絶品。真っ青な海と強烈な太陽の輝きに、ビーチチェアでくつろぐドロンの顔に髪の毛がわずかな影を作る。完全犯罪を成し遂げ美酒に浸りつつ、その後の運命を予感させる表情は、ニーノ・ロータの音楽も相まって映画史に残ると言っていい。


■等身大の青年らしさに潜む、狡猾さ、鋭さを表現したマット・デイモン

ドロンのリプリー役は“伝説”となったわけだが、そこに再度チャレンジしたことで大きな話題になったのが、1999年の『リプリー』だった。ここでリプリー役を任されたのは、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97)、『プライベート・ライアン』(98)と主演作が立て続けに高評価を受け、キャリアが絶好調を迎えていたマット・デイモン。ドロン版に比べ、人懐っこい性格で相手の心を開くアプローチがデイモンらしかった。公開当時、ライトグリーンの水着姿が「ちょっとダサい」と評されたりもしたが、等身大の青年に潜んだ、狡猾さ、鋭さでキャラクターのコントラストを放つあたりが、ドロン版との印象の違いかもしれない。この作品では、ディッキー役、ジュード・ロウのイケメンぶりが注目を集めた。

■デニス・ホッパー、ジョン・マルコヴィッチら個性派もリプリーに

トム・リプリーの映画では、これら2作が有名だが、ハイスミスの小説にはリプリーを主人公にしたものが全部で5冊ある。そのなかで「リプリーズ・ゲーム」は2回映画化されている。贋作の絵画で稼いでいたリプリーが、殺人依頼を受け、別人に罪を着せようとする物語。1回目はヴィム・ヴェンダース監督の『アメリカの友人』(77)で、リプリー役はデニス・ホッパー。リプリーの狂気を前面に押し出した怪演をみせた。2回目の『リプリーズ・ゲーム』(02)ではジョン・マルコヴィッチが、いかにも彼らしい捉えどころのない怪しさで、したたかな策士のリプリー像を創出。作品全体も格調高いサスペンスに仕上がっている。

さらにもう一本、ハイスミス原作の「贋作」を映画化した『リプリー 暴かれた贋作』(05)では、バリー・ペッパーがリプリー役。『グリーンマイル』(99)での冷酷な刑務官役などで有名なペッパーが、ほかのリプリー俳優に比べてクールさに徹して演じ切った印象だ。

このようにトム・リプリーは演技巧者、個性派と呼ばれる俳優たちにとって、自身の実力が試されるゆえに本能をくすぐるキャラクターであることがよくわかる。最新作でのアンドリュー・スコットを観る際に、過去の“リプリー俳優”とのアプローチの違いをチェックすれば、新たな発見と共に、より深くリプリー、および作品の真髄に迫ることができるだろう。

文/斉藤博昭