900年前に建造されたカンボジアのアンコール・ワットには、2024年はおよそ140万人が訪れる見込みだという。しかし考古学者のサラ・クラッセン氏によると、そこから北東へ110キロほど離れた場所にも、一時クメール王朝の首都だった遺跡がある。コー・ケー遺跡だ。

 カンボジア最大のピラミッドを含むこの遺跡群は、2023年にユネスコの世界遺産に登録された。カンボジアには、このように歴史的価値が非常に高いものの、旅行者にはとかく見落とされがちな遺跡が数多くある。9世紀から15世紀にかけて繁栄したクメール王朝と、あまり知られていない遺跡を4カ所紹介しよう。

クメール王朝の興隆とアンコールの繁栄

 802年ごろ始まったクメール王朝は、その後現在のベトナムからミャンマーに及ぶ領土を支配し、東南アジアで最も有力な国の1つとなった。

 強大な権力を持つ君主は神と崇められ、首都はアンコールに置かれた。現在ここには広さ約1.6平方キロメートルに及ぶアンコール・ワットが残っている。

 12世紀に建立されたこの大寺院は、緻密なレリーフ彫刻が施された高くそびえる尖塔、屋根付きの回廊、広々とした中庭などを特徴とした世界最大級の宗教的建造物だ。カンボジアを代表する聖地として、国旗にも描かれている。

「アンコールに残っているような巨大建造物を造るには、膨大な労働力が必要です。それだけの数の人々を動員できた王朝の力には驚かされます」とクラッセン氏は言う。カンボジアの古代遺跡をレーザー技術を使って調査するCALI(Cambodian Archaeological Lidar Initiative)プロジェクトの共同ディレクターで、コー・ケー遺跡考古学調査プロジェクトのディレクターでもあるクラッセン氏は、こうした遺跡は文明の「富と権力の証し」だと付け加えた。

 乾期が長い東南アジアを統治するには、高度な貯水と用水路のシステムが欠かせない。「水の管理と王権は密接に結びついていました」と言うクラッセン氏は、治水を適切に行えなくなったことが王朝の滅亡へとつながっていったのではないかと指摘する。

アンコール・ワット以外のおすすめの遺跡

コー・ケー遺跡群

 カンボジア最大のピラミッド「プラン」は、コー・ケー遺跡群の中心的存在だ。

 コー・ケーにはクメール王朝の首都も置かれたことがあり、「地位的にもアンコール遺跡に匹敵する唯一の遺跡です。しかし、ここが首都だったのはたった16年間でした」とクラッセン氏は言う。首都がアンコールに戻された理由は、クラッセン氏などコー・ケー遺跡を調査する研究者が解き明かそうとしている謎の1つだ。

 コー・ケー遺跡群は10世紀、ジャヤバルマン4世によって築かれ、リンガの彫像が多くあることで有名なヒンドゥー教の寺院跡だ(リンガは男性器をかたどった円柱状の像で、シバ神の象徴)。プレア・ビヒア国家局で記念碑・考古学部門のディレクターを務めるエア・ダリス氏によると、この遺跡群では、リンガはピラミッドだけではなく、20以上の寺院に置かれている。

 採石場から近かったこともあり、高さ35メートルのピラミッド、リンテル(窓や出入り口などの上に水平に渡したブロック)、像など、コー・ケーの建造物はアンコールのものより精巧にできている。

「巨大な一枚岩が最初に使われたのもコー・ケーでした」とダリス氏は言う。コー・ケー遺跡群は、アンコール・ワットと似た造りをしている12世紀のベンメリア遺跡と一緒に訪ねることも可能だ。

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