英国南西部の農村地帯、サーン・バレーの丘の急斜面に、全長55メートルもの巨大な裸の男の絵が描かれている。いつの時代のものなのか、誰も知らない。その白い線は、緑の草を取り除いて白い石灰岩をむき出しにすることによって作られている。「サーン・アバスの巨人」として知られるこの絵は、それが何なのかを説明しようとする人々を長年の間困惑させてきた。しかし学術誌「Speculum」2024年1月号に発表された最新の研究は、これがいつ、何のために描かれたのかを、歴史との関連とともに明らかにしている。

異教の神か、政治風刺画か、神話の英雄か

 男は片方の腕を伸ばし、もう片方の手にこん棒を握っている。しかしこの絵の最大の特徴は、見紛うことなき男性の象徴だ。その長さは11メートルにも及ぶ。この男が「サーンの野蛮人」とも呼ばれるゆえんだ。

 英国には、主に南部を中心にいたるところに石灰岩を利用した巨大な地上絵が残されている。過去数百年の間に町や軍の連隊の象徴として描かれたものもあるが、「アフィントンの白馬」のような3000年以上前の先史時代に描かれたものもある。

 そのなかで最も謎めいた絵が、このサーン・アバスの巨人だ。古代の異教の神を表しているという説もあれば、17世紀の政治風刺画だという者もいる。

 しかし、考古学的証拠と文化的証拠を組み合わせた最新の研究は、これが1000年以上前に丘の斜面に刻まれたもので、当時この地に住んでいたサクソン人が侵略者のバイキングから畑や家を守るために武器を集めた場所を印しているのではないかと提唱している。

 さらに、絵のモデルは古代ギリシア・ローマ神話の半神半人で、中世初期のイングランドで英雄としてあがめられたヘラクレスだろうと、この研究者たちは考えている。

年代測定

 最新の研究結果を発表したのは、ノルウェー、オスロ大学の中世史学者で、以前は英オックスフォード大学の博士課程に在籍していたトマス・モルコム氏と、オックスフォード大学の中世史学者ヘレン・ギットス氏だ。

 両氏の研究は、英国政府から一部資金提供を受けている慈善団体「ナショナルトラスト」が数年前に実施した考古学調査に基づいている。調査団は「光ルミネッセンス(OSL)年代測定法」を使って巨人の周囲の堆積物を分析し、白い線が最初に削られたのは9世紀か10世紀だったと判定した。これは、1066年のノルマン人によるイングランド征服よりも100年以上前のことだ。

 ナショナルトラストの考古学者で、この発掘リーダーを務めたマーティン・パプウォース氏は、この結果には驚いたと話す。というのも、氏は巨人の絵が描かれたのは1640年代のイングランド内戦中だろうと考えていたためだ。裸の男の絵は、内戦の議会派指導者だったオリバー・クロムウェルを揶揄したわいせつな風刺画だったという説もある。

 パプウォース氏は、モルコム氏とギットス氏の解釈に広い意味では同意するが、この絵は軍隊の集合場所ではなく初期キリスト教徒の巡礼地を印していたのではないかと考えている。

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