マレット氏は20年前に、H.エレバトゥスは後翅にオレンジ色の放射状の模様を持っているのに、H.パルダリヌスを含む近縁種はすべてトラのような黒とオレンジの横縞模様を持っていることに気づいた。H.エレバトゥスと同じ模様を持つのは、遠い仲間のH.メルポメネだけだった。

 今にして思えば、これはH.エレバトゥスが雑種であることを示す決定的な証拠だったが、マレット氏がその疑いを裏付けるゲノムデータを得るまでには20年も待たなければならなかった。

「種とは何かという問題の核心に迫る発見」

 マレット氏らがドクチョウ属のゲノム解析を進めている間、ロッサー氏はペルーでチョウを飼育するためのケージを設置してH.エレバトゥスの行動を観察した。

「ケージを作るのはたいへんでした」とロッサー氏は振り返る。「強風で折れた枝がケージの上に落ちてきて、チョウがみんな逃げてしまったこともありました」

 また、すべての捕食者が擬態環の警告色によって抑止されるわけでもなかったという。「クモはチョウを食べました。そうした問題は、数え切れないほどありました」

 マレット氏のゲノム解析をロッサー氏の行動学的研究と組み合わせることで、H.エレバトゥスのゲノムの中から、色のパターン、宿主植物の好み、交配相手の好みなどに関連する重要な領域が発見された。ロッサー氏とマレット氏を驚かせたのは、これらの重要な遺伝子の断片がすべてH.メルポメネに由来していたことだった。

 H.エレバトゥスのゲノムのうち、H.メルポメネに由来する部分は1%しかなかったが、これらの断片はH.エレバトゥスのゲノム上で44個の独立の「ゲノムアイランド」に広がっていて、種の同一性にとって重要な特徴を制御していた。

 マレット氏は、「このチョウの交雑種分化は50対50の混合で生じたのではありません」と言う。「種とは何かという問題の核心に迫る発見です」

探せば見つかるはず

 マレット氏もロッサー氏も、世界にはもっと多くの交雑によって生じたチョウの種がいると考えている。ロッサー氏は、「人々が探せばきっと見つかるはずです」と言う。

 米フロリダ大学フロリダ自然史博物館マクガイア鱗翅目・生物多様性センター教授で、チョウの系統樹プロジェクトの主要な貢献者の一人である河原章人氏は、「おそらくアフリカやアジアでも同様の例が見つかるはずです」と話す。なお、河原氏は今回の研究には関与していない。

 河原氏は、このような雑種を見つけるために、すべてのチョウのゲノムデータを集める必要があると主張する。氏は、ゲノムデータがもっと集まるまではチョウの系統樹を描き直す予定はないと話す。「いずれそのような状況になるでしょう。しかし、もう少し時間がかかりそうです」