依存症の治療

 オゼンピックとマンジャロが一般的に使用されるようになって以来、患者からは、喫煙や飲酒の欲求が減るなどの予期せぬ作用が報告されるようになった。さらなる研究が必要ではあるが、食欲をつかさどる脳の部位は、乱用物質への渇望をつかさどる脳の部位と重なっていると考えられると、米テキサス大学ヒューストン医療科学センターで依存症を研究するルバ・ヤミン氏は言う。

 これまでもGLP-1受容体作動薬は、この分野で働く医師たちに、依存症の治療薬としての非常に大きな可能性を示してきた。

「たばこをやめるのは本当に大変なのです」とヤミン氏は言う。「喫煙者の大半はやめたいと思っていますが、ニコチンパッチやカウンセリングを駆使しても多くの人が失敗します」

 ヤミン氏は、そうした喫煙者の中にいた糖尿病患者にGLP-1受容体作動薬を処方した。そして次の通院日にやってきたとき、彼らはすでにたばこをやめていたのだという。何が起こったのかと尋ねると、たばこを吸いたい気持ちが突然消えたと彼らは答えた。「これは非常に興味深い発見でした」とヤミン氏は言う。

 同様のことがあまりに頻繁に起こったため、ヤミン氏は、GLP−1受容体作動薬が依存症に与える影響を臨床試験で調べることにした。

 ヤミン氏らがパイロット試験を実施したところ、エキセナチドを投与したうえでニコチンパッチを使用し、禁煙カウンセリングを行った参加者の46.3%が禁煙に成功した一方、エキセナチドの代わりにプラセボを受けた参加者の成功率は26.8%にとどまった。

 エキセナチドを投与された患者の禁煙後の体重は、プラセボの患者よりも2.5キロ少なく、これは禁煙する人に多い体重の増加を打ち消すうえで効果的と言える。この論文は2021年4月に医学誌「Nicotine & Tobacco Research」に発表されている。

 ヤミン氏が行っているフォローアップ試験に参加していたアーノルドさんにとって、その数カ月間で強く印象に残っているのは、落ち着いた気持ちで禁煙に取り組めたことと、体重の増加が最低限に抑えられていたことだという。試験の終了後も禁煙は継続できているものの、体重は少し増えてしまった。「たばこへの渇望はありません」とアーノルドさんは言う。「気になるのは体重の増加です」

 アーノルドさんは、エキセナチドを再び使いたいと望んでいるが、それにはあまりに費用がかかりすぎると感じている。1カ月分の薬代だけで1000ドル(約15万円)にもなるが、FDAがこれを依存症の治療薬として承認していないため、大半の保険会社はこれをカバーしてくれないのだ。