【お笑い界 偉人・奇人・変人伝】#188

 五木ひろしの巻

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 お会いしたのは30年近く前でしょうか。西川きよし師匠が司会の番組の中で、ゲストときよし師匠が5分程度のミニ漫才を披露する人気コーナーに五木さんが出ることになったのです。

 この時代は「5分」がミニ漫才と呼ばれた頃で、4分で日本一を決める現在とは時間の感覚が違っていたのです。先輩作家と週替わりで書いていましたが、5週目以降は「もうみな(全部)本多君が書きー。ギャラ俺がもろとくさかい」と言われ、本来なら「ギャラだけとるんかえ!」とかツッコむべきでしたが、うれしさが先立ち、ツッコミを忘れつつ、五木さんの仕事も喜んで書いていました。

 ご本人と事前の打ち合わせができなかったので「全日本歌謡選手権」で10週勝ち抜いて“五木ひろし”になる前と後を調べに図書館に行って資料をコピーしたり、話し方のクセや特徴をつかむために五木さんの番組を片っぱしから録画して見直しました。

 そして迎えた収録の日、きよし師匠に連れられて五木さんの楽屋へご挨拶に伺うと「面白い台本ありがとうございました。正直どんな台本が来るんだろうってちょっと不安だったんですよ。それが読んでみたらスラスラ。一度もお会いしたことがないのによく僕の特徴をつかんでますね〜!僕の言いそうな言葉やセリフだのの連続だから、すぐ覚えましたもん。やっぱりその道のプロは違いますね、本当にありがとうございました」と深々と頭を下げられました。するときよし師匠が、「何を言うたはりまんねん五木さん! 阪神巨人、いくよくるよ、全部彼が書いてるんですよ!今、日本で一番おもろいネタ書く漫才作家でっせ! なぁ〜本多君!」と。思いもしなかったきよし師匠の言葉に「そんなそんな」と汗をかきながら頭を下げるだけでしたが、この言葉がこれから後の作家活動の励みと支えになっています。

 本番前、舞台袖で「もう一回(ネタを)合わせますか?」というきよし師匠に五木さんは真顔で「いえ、今のいい感触が残ったまま行った方がいいと思います」「緊張してんのんちゃいまっか?」「してますよ、そりゃ! 初めて漫才するんですから。でもお客さまの前でやる以上は真剣勝負ですから」「さすが五木ひろし! ええこと言う! ほな行きまっせ!」「行きましょう!」と背中に緊張感を漂わせて舞台へ。

 ネタが始まると、アドリブを繰り出すきよし師匠を見事に受けて返し、今度は五木さんがアドリブを加え、5分の予定が10分を超える大熱演。爆笑の連続で舞台を降りてきたお2人は、「西川さんアドリブがすごいんだから! そんなのネタになかったぞ〜ってびっくりしましたよ!」「五木さんなら何を振っても返さはると思たから。返すどころかアドリブ言うてくんねんから、さすがやわ! 自分(本多君)も思たやろ?」「凄かったです!」。かくして“きよし・ひろし”が誕生し、その後も台本を書かせていただきました。

 本職以外での仕事への真摯な取り組み、その完成度、スタッフへのきめ細かい心配りなど、演歌の帝王はどれをとっても超一流でした。

(本多正識/漫才作家)