春の健康診断で「もう少しやせましょう」と指摘されても、多くの人は減量できない。30歳のこの美女は2015年4月、ダイエットでとりあえず5キロのジョギングを始めたところ、ひょんなことから世界43カ国のマラソンを走ることに。OLのいま、海外を走る魅力は何か。海外マラソンコレクターの鈴木ゆうりさんに聞いた。

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「このタイミングでやせないと、『もうヤバイ』『モテない』と思ったんです。だって、そのときの体重計に浮かんだ数字は67キロ。1年前と比べて19キロも太っていて……」

 身長167センチ。太る前の48キロはモデル並みの体形だ。それが「顔のまわりに肉つき過ぎて、口の動き鈍くね?」と男友達にからかわれるほどになり、「そりゃー、合コンに呼ばれなくなります」とメタボ時代を笑いながら振り返る。当時、大学3年生のギャルとしては屈辱だったのだろう。ダイエットのキッカケだ。

 しかし、それまで体を動かしたのは体育の授業くらいで、食べるのが大好き。食事制限ができない中でたどり着いたのが走ることだった。

「食べるのが生きがいみたいな感じなので、食事制限は絶対、無理。ジムでやせた人いわく、入会金5万円。これは高すぎです。それでふと思いました。『道を走るのはタダだ』と。目標が決まると、行動力は意外とあるので、ナイキのランニングアプリをダウンロードしてその日のうちに走りました」

■「イケるっしょ、ギャルだし」でホノルルM

 週に2回ほどの5キロランを続けるうちに少しずつ体が絞れてきて、推定50キロ台前半までシェイプアップ。「運動ゼロの人が定期的に運動するようになれば、やせた数字以上に体が締まって見えます。合コンにも再び呼ばれるようになってラッキー」だったが、運命を変えたのがその年の12月に友人と出かけたハワイ旅行だ。

「買い物していたらスタッフに『オマエたちもマラソンで来たのか?』と聞かれて、その週末にホノルルマラソンが開催されることを知りました。すると、友達に『ゆうりもフルマラソンに参加すれば』とけしかけられまして。前日までエントリーできたこともあり、『イケるっしょ、ギャルだし』くらいの軽いノリでエントリーしたんです」

 走る習慣ができたとはいえ、しょせん5キロ。30度の暑さの中、フルを完走するには心もとない走力。10キロ後半からは地獄の連続で、「ゴールした記憶がない」という。「マラソンなんて、二度と走るものか」と心底限界だったが、友人に走破タイムが女子の平均より1時間以上も遅く、「おばさん以下じゃん」と笑われたことから悔しさが募る。それが「謎の行動力」を生み、2カ月後のロサンゼルスマラソンで平均タイム達成を誓って人生2度目のマラソンだ。

 アラフィフ記者も週に1、2回走っては時々、大会にもエントリーするが、記憶をなくすほど疲弊した2カ月後にもう一度フルにチャレンジする元気はない。加齢で年の数は増えても、気力は衰えていく。自ら「謎」と呼ぶ行動力がうらやましい。「マジで異常ですよね」と笑顔で話す姿に引き込まれる。それが彼女の魅力だろう。

【米ディズニーワールド・マラソン・ウィークエンド】4つのパークをすべて走れて純粋に楽しい

 かくして走り切ったフルマラソンは、43カ国53レース。その中にはレアな大会も含まれていて、そのエッセンスをまとめた著書が「わたし、世界を走ってます」(徳間書店)だ。詳細は本書に譲るとして、印象深い大会を聞いた。

 毎年1月の第2木曜から日曜の4日間に開催。初日5キロ、2日目10キロ、3日目ハーフ、4日目フルの4つだ。

「単独でもエントリーできますが、私はすべてをクリアするドーピーチャレンジでエントリー。そうすると、4つのパークすべてを走ることができます。コース途中のキャラクターと一緒に写真撮影ができて、中でもジャック・スパロウは大人気で20分待ちの末に何とかゲット。制限時間は緩いのですが、写真待ちがあるのでゴールはギリギリ。2日目の残り1キロ地点にいたドナルドは残り6分で残念ながらスルー。完走メダル優先でした。3日目と4日目には、マジックキングダム内のシンデレラ城を走ることができて、純粋に楽しい大会です」

 ドーピーチャレンジを達成して手にするメダル6つはカッコいいが、参加賞のTシャツ(非売品)は「ダサくてどこに行ったか……」。

 1月のフロリダはかなり暑く、「全身タイツなどのコスプレはつらい」という。

【シリア・ダマスカスマラソン】完走後にはドレスコードありのパーティーも

「知人がシリアマラソンの素晴らしさを教えてくれたのがキッカケです。『SNSの情報とはまったく違って美しい』と。スーク(市場)にはスパイスやドライフルーツがきれいに並び、パルミラ神殿は本当にきれい。マラソン当日は、エイドステーションの方が『バナナはいる? デーツもリンゴもあるよ』と温かく接してくれ、コース沿いにある軍の施設からも応援してくれたりして、とても人が優しいんです。外務省はレベル4の危険情報を発しているので積極的には勧められませんが、そこに暮らす人に罪はないことを知ってほしいと思います」

【ルワンダ・チャレンジマラソン】コースの赤土で石を踏んでヒヤッとした

 主催はシリアオリンピック委員会で、参加者はその来賓扱い。マラソン後には、ドレスコードありのパーティーも開催され、「観光大臣らしき人のあいさつも受けました」。レバノンのベイルートまで各自で行き、そこからは同委員会が送迎してくれたそうだ。

「首都キガリの空港に到着して、開催場所のルワマガナが50キロも離れていることで途方に暮れ、移動手段を探して声をかけた男性に『送ってあげる』と言われたんです。その車中で男性はルワンダの厳しい内戦時代を淡々と語り、その生き残りであることに気づき、自分の無知と愚かさを恥じました。『内戦の影響で周りの国より遅れているけど、頑張って少しずつ成長している。そんな国に遠い日本からマラソンに参加してくれたのは勇気をもらえたから』というのが、男性が私を送ってくれた理由でした。しかも帰国日時を伝えると、『その日も送ってあげるよ』と本当にルワマガナまで来てくれたのです」

 コースはハーフの折り返しで7キロまで舗装路。そこからは赤土だった。「男性に戦死者の骨が埋まっていることを聞いていたので、石を踏んだときはヒヤッとしました」というが、それでもうれしさがあったという。

「一つはやっぱり沿道の応援です。往路は珍しいアジア人を不思議そうに見つめる感じでも、復路は一生懸命応援してもらえ、手を叩いて励ましてくれるんです。もう一つは、完走メダルをもらえたこと。実はメダルは先着順で、私がゴールしたときはすでにありませんでした。しかし、宿泊先のホテルで完走Tシャツを着て食事していたら、英国人に『マラソンを走ったのか?』と声をかけられ、話をしていると彼は運営側のスタッフで、メダルの話になると、『あるからあげるよ』と。だったら、最初から用意しておいてよ、という感じですが、エイドの“売り切れ問題”も含めてアフリカあるあるです」

「自分も相手も勇気をもらえる」

 何が鈴木さんを世界に駆り立てるのか。

「欧米では、『頑張っている人を応援すると、自分も相手も勇気をもらえる』という意識を強く感じます。そういう中で巡り合った人との縁が、うれしいですね」

 ちなみに留学経験などはなく、「英会話は1人で海外旅行を繰り返すうちに気合で覚えました。文法より情熱です」と笑う。話していると、「オジサンも挑戦してみるか」と気持ちが軽くなるから不思議だ。そうはいっても、「海外マラソン初心者は欧米で開かれる大都市の大会から始めるのが無難。荷物が紛失しやすいので、出走に必要な最低限の荷物は機内持ち込みできるものにつめておくことをお勧めします」という。